どうして新年早々の夕飯がパエリアなのか問えば、「なんか派手で縁起良さそうだから」という理由を明かされた。クリスマスに同じ質問をしたときには、「なんか派手でパーティーメニューっぽいから」と説明された。
シドが短期間で同じメニューを連発するのは料理のレパートリーを増やしたいときのようだ。

「ディエゴさ、今年は年男だねぇ」

取り分けたサフランライスの最後ひとすくいを飲みこみ、おもむろにそのシドは食卓を立つ。

「ああ。寅だからな」
「いや違うだろ。年男の意味が全然」

本来こういった指摘はマニーの役目なのだが、ほろ酔い機嫌でいつもの要領を得ない。つっこむどころか頷いている。

「そこでね!お年玉を用意してあげたんだ」

隠していたつもりかキッチンから包みを持ち出してきたシドを横目に、ディエゴはワイングラスを一口で干す。

「ロクなもんじゃないな…。どうせ」
「え?なんて?」
「なんでも。一応礼は言っとくよ」
「一応ってのが引っかかるけど。はいどーぞ!」

贈り物に難癖つけたくはないが包装紙からしてファンシーなパステルカラー。水玉模様はディエゴの趣味と180度だか540度だか、とにかく遠くかけ離れている。期待しろという方が無茶だ。
手渡されたドット柄をかき分け中身の「お年玉」が現れるなり、ディエゴは鼻の頭に目一杯しわを寄せた。

「何だ、こりゃ」
「あのね。ネコ耳カチューシャ」
「商品名を訊いてんじゃねえよ。トラがどうこうって前フリはどうした。これを俺がどうすんだよ」

丸く曲がったプラスチック板に、白い三角形二つ。予測に違わず本当にろくでもない代物の登場である。

「頭につけるしかないじゃん。新年の最初だもん、年男は率先してサービスしてよ」
「お前は年男の意味を調べろ。しかもこれはトラですらない。一つも成り立ってないだろうが?」
「はは、いいじゃないか。ちょっとつけてみろよ」

酔いの程度を見計らっていたのか単なる偶然か。いまひとつ判断しにくいからシドは恐ろしい。シラフでは悪ふざけに乗ってくるような性格ではないマニーだが、そんな彼がカチューシャをひょいとディエゴの頭に載せたことで場の空気が一変した。

「……!?」
「うっわ…………〜〜っ、…ぶ、はは、あ、あははは!」

キュートなネコ耳と、目つきの悪い成人男子が奏でる絶妙な不協和音。シドとマニー、ほとんど同時に笑いを堪えきれなくなった。

「ははははは、あはは、ひでー!超、こわいー!」
「いや、意外と似合ってないか?……っく、はは、は、…あははは……!」
「…………。もう外していいな」
「え〜!?外さないでよ」

カチューシャを引っ掴んだ手を止められた。この二人だからげんなりする程度で済むけれど、他人であれば拳を見舞っている水準の汚辱である。

「だめだよディエゴ。マニーがこんだけ笑ったの、きっと前世以来だよ?喜ばなきゃ」
「俺の顔見てじゃなければな」
「そうだ、今日一日さぁ。語尾は『にゃん』でね!」
「にゃん……!はははは、ディエゴ、ははは、そうしろよ!」
「マニーは早く酔いを醒ましてくれ。笑い上戸じゃないだろお前…水持ってきてやるから」
「だーめだって!語尾は『にゃん』!マニーも聞きたいよね?」
「ああ、うん、聞きたい」

ディエゴに向けられる瞳が輝いているのは、彼らが笑いすぎで涙ぐんでいるからだろうか。
引くに引けない状況だ。なかなか面倒くさい。

「…水を持ってきてやる……にゃん」

まさしく抱腹絶倒で楽しそうな二人、その姿自体に悪い気はしないが、これがかつて虎と呼ばれた自分の末路とは。
あまりにも複雑な想いを抱えて始まったディエゴの新年であった。