ゆるくカールした明るい色の髪、華やかな印象のくっきりした顔立ち。
敢えてどちらか問われずともその女性が美人と称される部類の人間だろうことは、ディエゴにも易々見て取れた。

「うちに用か」

女性を怯えさせないよう、可能な限り穏やかに言う。何かのセールスでもなさそうだ。 訊ねたのはあくまで彼女にチャイムを押す家を間違えていると気付かせるためで。 自分を見ればすぐさま逃げ出すなりしてくれるだろうというディエゴの目論みは、しかし見事に裏切られた。

「ええ。こんにちは。こちらにシド、さんが住んでいると聞いて来たのですが」



FREAK TYPHOON



「どう思う」

見知らぬ男二人に気を遣わせてもと場を繋ぐため点けたテレビ。その音声に紛れるよう囁き、キッチンの隅でこそりとディエゴは顎をしゃくる。

「どうと言われてもなぁ…。確かに引っかかるものはあるが」

きっちり締めていたネクタイを緩めながら、帰宅したばかりのマンフレッドは口をへの字に結んだ。
ソファにきちんと膝を揃えて座り、出された紅茶を優雅に飲む彼女――シルビアと名乗った。
シドとの関係は本人曰く、幼なじみ。
一見画面に集中しているようだがときおり腕時計や周囲の様子をちらちら落ち着かなく観察する様子から、彼女が夕時の報道番組になど興味がないことは明らかだ。

「あいつにどういう用向きなんだか」

シドを尋ね来る美女と、美女に尋ね来られるシド。逆ならまだしも、正直な話全くぴんとこない取り合わせ。 長らく頭を捻っていたマンフレッドが、やがてはたと彼女の腹部あたりに目を留めた。

「…………まさか。……い、いやいや。シドは軽率だがそんな無責任なことは、いや、しかし、まさか」
「まあ、その辺は抜かりなくやり果せてそうだけどな…肝心な時にヘマする奴だ。あり得る」

嫌な想像に青くなった彼の胸中を読み取り、ディエゴはしたり顔を縦に振る。
話していないがマンフレッドの帰宅前、さりげない風にこの家には三人だけで住んでいるのか女の出入りはないのか本当か嘘をついていないかなどと(むろん言葉は多少丁寧にオブラートに包んで)訊ねてきた彼女の形相は、腰が引けてしまうほどのものだったのだ。
二人の戸惑いをよそに、シルビア嬢は涼しい顔で来客用カップに可憐な唇をつけている。



マンフレッドとディエゴが訪客との距離を測りかねているうち、玄関の方が騒がしくなった。

「たっだいまー」

安堵とそれ以上の不安で仲間が息を呑んだことも知らず、相変わらずの呑気な声。
処刑場もといリビングへ向かってくる軽快な足音。
お客さんだぞシド、深呼吸の後マンフレッドが口にした紹介は、しかし突然の怒声によって跡形もなくかき消された。

「シドォォォォォォォォ!!」

それが誰の雄叫びかを把握したマンフレッドとディエゴが、共に驚きで言葉を無くす。 リビングに能天気な顔を出したシドも、その場で表情を硬化させた。

「……シル、ビア?」

がちがちと打ち震えているのは信じ難いがシドの歯らしい。彼女が重心を落とすのを認めて逃げる素振りを見せるも残念、それはあまりに遅すぎる。シルビアは驚異的な敏捷さでシドに飛びかかり、もろとも床に倒れ込んだ。

「シドぉぉぉぉっっ!!今まであたしに連絡の一つも寄こさないなんて、どーゆーつもりよ!?」

美女に馬乗りになられるという普段の彼になら垂涎もののシチュエーションなのだが、さすがにそんな幸せも生命の危機には遠く及ばないらしい。

「やっ、やめて、はなせば、わかっ」
「またどっかの女のとこにでも転がり込んだかと思ってたじゃないのよ!!」

髪を振り乱して喚く女と、為すがままにシャツを掴まれがくんがくん揺さぶられる男と。想像を絶する凄惨な光景に、もはやマンフレッドとディエゴは仲裁に入ることも忘れて唖然とするしかできない。

「あんたを探すのに、どんっだけ手間がかかったと思ってんのぉぉぉーッッ!!?」

ようやく室内に静寂が戻ったのはシルビア嬢渾身の右ストレートによって、シドが殴り飛ばされてからだった。

「シド……シ、シルビア、さん?」

この細身からどうやったらあんな重いパンチを繰り出せるのだろう。壁に頭を打ちつけ倒れ臥したシドは、ぴくりとも動かない。ぱんぱんと軽快にスカートの埃を払ったシルビア嬢は憑き物が落ちたかのような艶やかさで、蒼白になっている傍観者二名に向けて微笑んだ。

「すっきりしたから今日のところは失礼します。……またお邪魔しても、いいわよね?」

生憎ここでノーと言える度胸をマンフレッドは、一度と言わず死線を越えた経験を有するディエゴでさえも、持ち合わせてはいなかった。

「も、もちろん!」

ありがとう。颯爽とコートを翻した彼女を玄関口まで見送りようやく顔から愛想笑いを拭い去ったマンフレッドは、遠い目をして呟いた。

「……何故だろうな…。死にたいくらい頭が痛い」
「奇遇だな…俺もだ」

未だ目を覚まさないシドを介抱してやる気力は、どちらにも残されていないようだった。