(リクエスト:「会いたかったぜ」を使って甘めディエシドかシドディエ より)

太った月と青白い街灯、なにより連なる家々からもれ出る光。九時を回った住宅地、人や自転車とすれ違う間隔は朝昼のそれより格段に広いが、夜道は明るい。
借りたいアルバムがあるのだと駄々をこね外に出てきたシドは、右に左にふらふら忙しく歩いている。逐一コンビニを覗いたりゴミ集積所の貼り紙を読んだり、夜の散歩をすっかり楽しんでいるようだ。付き合わされたディエゴも楽しそうとはいかないにしろ、シドに並んで寒い中をゆっくり歩いてやっていた。
そのシドがふと歩みを止めたことで、前を行きかけたディエゴもふりかえる。彼が凝視する先にあるのは道沿いの小さな児童公園だった。

「なんだ?」

相手より優れた眼をもってしても、これといっておかしな点は見当たらない。遊具らしい遊具はブランコとすべり台、あとは申し訳程度の花壇とベンチが添えられているだけ。簡素な施設だ。
まさか遊び始めるんじゃないだろうなというディエゴの不安通り、吸い寄せられるようにシドは敷地内へ踏み込んでいった。仕方なく後について行く。

「ディエゴ、この公園に入ったの初めて?」
「そりゃあな」
「そっか。先週かな。オイラ、マニーとここ通りかかってね?」

すぐそばに肘なしのベンチが二台並んで据えられている。すぐ楽をしたがるくせに珍しくそこへ座らないままで、シドは言う。

「よくこの公園に来たんだってさ。家族と」

ただ寄り道したかっただけではなかったようだ。デリケートな話題に、気持ちが軽く引きしまる。

「初めて聞いた」
「だよねぇ。やっと聞き出したんだもん」

ディエゴのわずかな緊張も知らずシドはいつもの通りリラックス顔だ。

「そんときさ。向こうの道、工事しててちょうど通行止めになってたんだよ。だからそこの道通るしかないのにマニーってば嫌がって、もっと回り道までしようとしてさ?ずっとここを避けてたんだって気づいた」
「だから理由、しつこく聞いたのか」
「そうそう、そりゃもうしつこく……じゃない!根気強く!」

ふ、とディエゴはため息を吐いた。この件に関してマニーが自ら進んで語るようなことは絶対にない。そんな強情っ張りが折れたのだから、その「根気強さ」はどんなものだったことか。
呆れてしまったが他人に入りこむのを恐れないシドの無鉄砲さを、ディエゴはある種評価してもいた。自分の殻に閉じこもりがちなマニーだ。その殻を無遠慮にたたき割ろうとするこういう人間こそが、必要不可欠であるのかもしれない。

「思い出話、もっと詳しく聞かせてくんないかな。すげぇ大事にしてたみたいだもんね。奥さんたちのこと」

無邪気に望むシドのようにはいかない。感傷は捨て去るよう意識してきたもので、マニーやシドと共有するのが難しいもののひとつである。マニーが話したくないのなら話さなければいい。過去を掘り起こすことなどしなくていい。そう考えている自分は薄情なのだろうか。仲間としては。

「ディエゴー」

曖昧に引いていたあごを上げれば、シドがすべり台の階段を駆け上がっているところだった。

「バカ、大声出すな!少しはじっとしてろ!」
「そう言わないで、下で待っててよー!そんでさ、オレを受け止めてー!」

結局はこういうことになる。あほくさい以外の何ものでもない。しかし、夜の公園でこれ以上騒がれるのもまずい。渋々とディエゴは金属板の下まで行ってやる。

「よーし!いくよー」

そう高くもないすべり台のてっぺんから手を振り、シドは颯爽と滑降して――くるはずが、遊戯具の状態は良好でなかったようだ。

「あ、あれ?れ?ぜんぜん滑んないじゃんこれ!?」

つっかえつっかえ、ほとんど板面を拭き掃除するような様子。すべるのではなくずり落ちてくる。

「…………」

ディエゴは下で待つのを放棄し、すべり台から離れた。ブランコを囲む境界柵に腰かける。

「うぅ、ひでぇ。ズボン汚れたよこれ。やぶれてないよなー……?」

ぶつくさ愚痴りながらシドは生還を果たしてきた。あえて何も言葉をかけないでいると案の定、今度は残るブランコに興味が移ったらしい。

「ブランコ!ディエゴ、ブランコ二人乗りしようよ」
「気が済むまで一人で乗れ」

これ以外にもう遊具はないのだから、ひとりあそびに飽きた時点で公園を出るしかないはずだ。そっけないディエゴに口を尖らせつつも、シドは座面に立ってブランコをこぎ出した。

「わ、なんか懐かしい!」

大人の体重を支えるのが辛いのか、ぎいぎいときしむ金属が耳障りだ。体全部を使って力いっぱいひざを曲げ、伸ばし、振り幅はあっという間に大きくなった。

「マニーかわいそう、だよな。大事にしてたのにー、それなのに一緒にいられなくなる、なんてさー!」

運動しているせいで変な具合に間延びし、つっかえ、シドが唱えている。

「大事に思われたことなんて、なかったけどさぁー、それでもオレってまだ、ラッキーなほう、だったのかもねー?」

他人事のように朗らかかつ無責任な結論づけだった。ディエゴは描かれ続ける軌跡から視線を外し、眉をひそめる。仲間への同情ならば理解できる。共有もできる。にしてもそんな比べかたは、誰の慰めにもならないだろうに。

「なぁシド。こっちで受け止めてやるから」
「んー?」

シドは屈伸をやめた。ブランコはまだまだ大きく揺れている。適当に前へ立ち、両の腕を広げてやった。

「飛び降りろ」
「……危ないことさせるんだね」

怖気づいて拒否されることも予想したが、へらりと笑い。
意外なほど思いきりよく、限界値よりは穏やかになった振り子運動に乗じて、シドは鎖を手離したのだ。

「……!」

座面をジャンプ台に、まっすぐ自分めがけて飛び込んできた体。ディエゴはがっちりキャッチした。しかしやはり衝撃が大きい。立ったままではこの勢いを殺しきれない、瞬時に判断して、脚の力をぬく。背後の境界柵にぶつからないよう注意を払い、うまく地面に尻をついた。
無人になったブランコは規則正しかった動きを乱しながらも尚、透明なだれかに漕がれているかのようにぎいぎいと動きをとめないでいる。

「――…ディエゴ。やばい」

こちらは体勢が固定されてひと心地ついたのだろう。抱えこんでいたシドがゆっくり首を起こした。

「やばい。やばいやばい。今ごろ怖くなってきた。危なかったよな?よく飛んだねオレ?偉い?」
「あー偉い偉い。ご褒美だな」

ひたいにキスをしてやった。唇にでもよかったのだが、そっちの方があまやかしている風だと思ったのだ。暗がりで開いた瞳孔が際立つ。

「なぁシド。他のやつらに、お前がどう思われようとな」

固まって動かないシドの、風になぶられた髪の毛をなでる。

「逢いたかったぜ?俺は、お前に」

なにもマニーだけじゃない。ディエゴだってこういう人間を、代替品などないシドを、必要不可欠に想っている。そうストレートに伝えてやったほうがどんなにか慰めになるだろう。こいつのようなさびしがりには。

「……おい」
「う、うん?」
「黙るなよ」
「うぅ、うん。うん」
「お前はどうなんだよ」

もじもじとシドはひたいを押さえている。泣きそうになっているようなのを茶化そうとしたのに、先んじて熱烈にしがみつかれてしまった。

「決まってるじゃん。オレもディエゴに、あいたかった!あえてよかった」

頬を胸元に擦りつけ訴えてくるのを悪くは感じない。さらに強く、抱きしめかえす。

「へへへへ。こーやってさ、好きなやつとくっついてられるのが、いっちばん幸せ」

安い幸せだなと皮肉ったディエゴも、腕の中で丸まっていたシドがその顔を見ることはなかったが、それはもう満足げに笑んでいた。