夕食後のテーブル上に突如現れたどんぐりの山。見るなりマンフレッドは目を剥いた。

「どうしたんだ?これ」
「公園にたくさん落ちてたから拾ってきた。すごいだろ?ディエゴは捨ててこいって言うんだ」

シドは得意げに手首にかけたビニール袋を広げてみせる。テーブルに出ているのとほぼ同量の木の実が、まだその中にも詰まっていた。

「俺は邪魔だと言っただけだ」

右手に二つ左手に一つ、キッチンからカップを運んできながらディエゴは涼しい顔で訂正する。

「確かに邪魔だな……こんなにたくさん」

コーヒーを受け取りディエゴに同意したマンフレッドの気持ちは、しかし密かに感傷へ浸りかけていた。
どんぐりを拾うほっそりした白い手。それを受け取るふっくらした小さな手。 あのときもこれと同じくらい山ほどのどんぐりを集めて、ここに帰ってきたのだった。三人で。
あのどんぐり、一部は目鼻を描いたりコマなどの玩具を作ってやったりしたものだが、他の大多数はどうしたのだったか。どこかにしまってあるのだろうか、やっぱり捨ててしまったんだっけ――

「マニー?」

急速に意識が現在へ引き戻された。

「どしたの?ぼーっとしちゃって」
「ああ、悪い、…それよりほら。片付けるなら早くしろ。虫だのネズミだのが湧いたらどうするんだ」
「え!虫はともかく、この家ネズミが出んの!?」

気遣わしげなディエゴの表情には気づかないふりをしてコーヒーを啜る。追求を避けようと無理矢理に逸らした話題だが、幸いシドは上手く乗ってきてくれたようだ。

「今までは無いが、出たって不思議じゃない。この家もそこそこ古いからな」
「そうなんだ?」
「へえ。それにしちゃあ綺麗なもんだ」
「移ってくるときに壁紙を張り替えたり多少手を加えたん、だ……」

カップを置き懐かしむように視線を下げたマンフレッドが、そこで不自然にテーブルを注視する。
訝しんだシドたちも同じく山積みのどんぐり付近へと目をやる。そこで何かが蠢き、視界を素早く横切ろうとする――ディエゴの動きが一瞬速い。
しかと尻尾を捕らえられ、「それ」は形容し難い鳴き声を上げた。

「ぎゃああディエゴ!素手で捕まえるか普通!?変なばい菌とか持ってたらどうすんだよすごいけどさぁー!!」
「ね……ネズミかそれは!?」
「さあ、リスにも見えるな。いいタイミングだった」

目にも留まらぬ早業をやってのけた当の本人は淡白に言い、幾分か嬉しそうに鷲掴んだ獲物を持ち上げる。マンフレッドとシドはディエゴを取り囲み、そのネズミだかリスだかをまじまじと恐ろしげに観察した。
じたばたぶらぶらきょろきょろ、小さな手足と大きな目玉を忙しなく動かすその奇妙な小動物。愛らしくはないが、まあ愛嬌ならあると言えなくもない気がする。ついでにこんな危機的状況へ面しているにも関わらず、断固として抱えたどんぐりは手放さない度胸も、高く評価してやるべきだろう。

「どうする、マニー」

ディエゴが腕を振り、揺すられた小動物は哀れっぽく鳴いた。心なしか瞬いた上目遣いの瞳が潤んでいるようにまで見える。

「外に放り出せばいいだろ。殺すこともない」
「そう言うと思った。また戻ってくるかもしれないぜ?」
「そうなったとしても被害はシドのどんぐりだろ。他のものまで食い散らかすようじゃ敵わないが」
「ひどっ!…でも、殺さないのには賛成。よく見りゃ結構カワイイじゃんこいつ?よし、リスかネズミかよく判んないから、スクラットと呼ぼう!スクラットちゃ〜ん」

猫撫で声と共に差し出された指を、渾身の力でスクラットは噛んだ。

「いぃってぇぇぇ!!」
「……毎度毎度ろくなことしねえなお前は」
「ペットにするわけじゃないぞ、シド」

飛び上がった名付け親を素通りし、かくして正体不明のリスネズミは無事に戸外へ放り出されたのだった。



――自分を殺そうとしない住人。加えてあの家にはまだまだ山のようにどんぐりが残っている――

またあそこには潜入しなければなるまい。
固く心に決め、スクラットは愛しげに本日の戦利品を抱きしめた。