エリーとシルビア。両者共に十分な社交性を具えたうら若い女性同士であり、この家にしばしば顔を出す二人の仲がよくなるのは必然に近いものであったろう。
それぞれが非常に個性的な彼女らに戸惑うことは多々あれど、ディエゴだってそんな二人をもちろん憎からず思っている。

しかし、だ。嫌っているわけではないにしろ今現在のような、マニーもシドも不在の家において彼女らと三人きりなんていう状況は、どうにも遠慮したいものなのだった。

居候とはいえ客を迎える側である以上、最低限飲み物と茶菓子を出してやるくらいのことはした。
問題はそれから。知らぬ仲でもないのだ、一人自室に引っ込んでいるのは何となくためらわれるし、かといって共にソファに座り込んで世間話に興じられるわけもない。
結局ディエゴはこの家で厄介になる前住んでいたアパート――ほとんど寝に帰るためだけの、そう大きくないワンルーム――何かあった場合に備えて引き払わずにいる、そこへ行くことを思い立った。

もうあの部屋に「帰ろう」とは考えないことがおかしい。 部屋からキーケースを取ってリビングに戻ると、すぐにエリーがめざとく上着を羽織ったディエゴに気がついた。

「あれディエゴ、出かけちゃうの?」
「ああ。悪いが帰りは遅くなるか、泊まりで明日になる。マニーたちにはそう伝えておいてくれるか?」
「判ったわ。帰ってきたら言っておくね」
「ちょっと待って」

にこやかにディエゴの頼みを聞き入れたエリーの向かい、シルビアにきっぱりと呼び止められる。
嫌な予感がした。

「ねぇ、今までエリーと話してたんだけど」
「え!?ちょっとシルビア!」
「いいじゃない。別に平気よ、エリー」
「……おい?」
「ごめんなさい、あのね」
「シルビアっ」
「いいから。ねぇ、あなた恋人はいないの?いい男なのに」

虚を衝かれた形になり言葉を失う。エリーを見るが、申し訳無さそうにしている表情からも好奇心が隠しきれていない。助け舟は期待できなそうだ。

「もしかしてこれから彼女のところ?」
「違う」
「ふうん。…しっぽ振って付いてくる女なんかいくらでもいるでしょうに。まさか、もう使い物にならないってわけじゃないわよね」
「つかいもの?」

きょとんとするエリー。小悪魔めいた笑みを浮かべるシルビア。
後者のあけすけすぎる物言いと話題の下世話さに、ディエゴは露骨に顔をしかめた。

「冗談よ。けど、そうなるといよいよ不思議だわ……もしかして男が好きなの?女とは、やり飽きちゃったとか」
「や、やだもうシルビアったら!いくらなんでもそんな言い方されたらディエゴだって、……!
…………え?ディエゴ?」

今度は意味を理解できたらしいエリーは友人を咎めるが、返答を寄こさないディエゴに赤らみかけた頬を一転、青ざめさせた。シルビアは意外そうに瞬きをする。

「あら、否定しないんだ」
「わざわざ否定する気も起きないだけだ」

そっけない言外での否定を聞き、エリーは胸を撫で下ろす。シルビアの方は強気な笑みを崩さなかった。たっぷりのリップグロスが、艶然と弧を描く。

「そ。あたしは当たらずとも遠からず、ってことだと思っておくわよ」
「勝手にしてくれ」
「硬派を気取ってる男がふたを開けたら…なーんてよくある話だし」
「シルビア!それくらいにして!ディエゴ、失礼なこと言っちゃってごめんなさい」
「いや。行ってくる」

背中に刺さる視線を後に、ディエゴはようやく貴い自由を手に入れた。
女性陣に目を付けられたのは厄介なことだ、しかし進んで嘘をつく必要もあるまい。
「当たらずとも遠からず」は正しかった。 まあ飽きたとまでは言わないが、誘われるまま請われるままに名も知らぬ誰かの相手をするようなことは、おそらく二度とないだろう。
真意は吐かれず、ほの白く宙を漂った。