前に働いてたスーパーの店長はオレを気に入ってくれていて、辞めた今でも助っ人を頼まれることがある。雑然とした商品の群れは見ているだけで飽きないし給料には色を付けてくれるから、例のごとく二つ返事で引き受けた。作業は店卸しの応援で、今回は破格のバイト料の他に得るものがあった――仕事を一緒にした女の子二人と意気投合したのだ。ブロンドのレイチェルちゃんとブルネットのジェニファーちゃん。文句なしに二人とも可愛い。ついでにスタイルがいい。しかもこの後の予定を向こうから訊かれてしまったとくれば。
野郎二人と同居するようになって以来どうもオレの女運は降下の一途にあるようなので、久しぶりに巡ってきたこのチャンスは意地でもモノにしなきゃだろう。

「これから?一人で飯食って帰るだけだよ、どっかこの辺でいい店知らない?」
「ああ、それならよく行くお店があるわ。よかったら一緒に行く?」
「え!いいの!?じゃあ、先に外で待ってるからさっ」

ちょっと白々しかったかな。彼女たちより長くこの店で働いてたわけだから、当然一つや二つ行きつけだった食べ物屋くらいはあるんだけど。
着替えてくるという女の子二人を残してもう一仕事片付けるという店長に挨拶を投げて、外に出る。
太陽はもう沈みかけで、外灯が舗道を照らしていた。一日薄暗い倉庫だとかにいたから時間の進みがよく判らなくなっていた、今日は暖かい。もう春が近いのだ。ああ、この冬はスキーもスノボもやらなかったな。もったいない。

「シド」

ジャンパーのファスナーを下げて、当てもなく空中を見ていたオレの数メートルうしろ。他人の空似だか他人の空耳だか、そんなもんだと思った。思いたかった。

「おい、シド!」

弾んでいた気持ちがしぼんでいくのが判る。声を黙殺したがる首に鞭打って、そっちの方へだらだら向いた。

「お疲れさん」

立っていたのは、今だけは世界で一番会いたくなかった、二人組み。

「は――な、なんでこんなとこにいるんだよマニー!?ディエゴ!?」
「いきなり往来でわめくな」

わざとらしくマニーは片耳を塞いだが、わめきたくもなる。遅くなるかもしれないから夕飯は各自済ませとくようにって言ったよな?ちゃんと?いやがらせ!?

「たまには外で食うのもいいだろうってな」
「ついでにお前を迎えにきてやったわけだ」
「……むかえに?」

混乱と当惑の最中なわけだがうっかり、ほんのちょっとだけ、嬉しいなんて思ってしまった。女の子たちのことがなければもっと純粋に喜んでいたと思う。三人でわざわざ外食する機会なんて、めったにない。

「シド!お待たせ!」

可愛らしい声が二人ぶん。べつに悪いことしてるわけじゃないのに、血の気が引く。店の社員通用口から出てきた女の子らはオレを挟むように並んで、怪訝そうにマニーたちを見上げた。

「…え、友だち?」
「あーっとあぁ…うんまあそんなと」
「へえ、そうなの!」
「どうもはじめましてぇっ」

オレが言い終わるのを待たず男二人へ挨拶する女の子たち。さっきまでよりずいぶん声のトーンが高いよね。

「…どーも」
「こんばんは」

適当に返す無愛想なディエゴと微笑んで返す外面のいいマニー。よそ行きっぽい笑顔だ。
褒めたくないが二人とも背が高いから、並んでいるとけっこう目立つ。もっと言っちゃうと絵になる。
特にディエゴはこの金髪で。風采なんか全然気にしませんって顔してるけどそんなヤローはブーツ履いたり香水つけたりしないっつの。それなりに気を使って格好つけてるくせに、これで頑張りすぎない自然体に見えるからまた癪に障る。
マニーの方は何の変哲もない背広姿だが、しかしスーツは男を三割り増し魅力的に見せる――とこれはスーツフェチの気があるシルビア談。
その効果かどうなのか、レイチェルちゃんらも静かに色めき立っていた。

「シド?どうしたの?」
「え、う、いやさ、夕飯食いに行こうって急に誘われちゃってて」
「三人でな」

だから君らも一緒に五人で〜なんて抜け穴を、間髪容れず先回りして塞いでくれやがったディエゴ。そんなに面倒かこんにゃろう。

「ああでも、先約があったなら無理にとは」

オレじゃなく主に女の子を気遣ってだろう、自ら退く姿勢を見せてくれるマニー。
うんうん。こういうときは実に頼れる良識派だ。つーかこの男は基本、女子供に甘い。

「いえ、いいんです!べつに約束してたんじゃありませんから」
「…え?」

頷いていた自分の耳を疑った。マニーたちがちらっとオレを気にする。彼女たちはこっちを向きもしない。割って入るべきタイミングを逃した当事者をのけ者にして、さくさく話は進んでいく。

「そうなの、か」
「そうなんです。気にしないでくださぁいっ」
「じゃあシド、また今度ねぇ!」
「はははは…こんど、ね」

わかってる。今度会ったときには友だち紹介してーって言うんだろどうせ。
ストールがくるり翻って、ブロンドが花の匂いを散らしていった。結局ぽつんと残されたのは、かわりばえしない男三人。

「……君たちさぁ。もしかして、わざとやってる?」
「縁がなかったんだろ。そう睨むな」
「奢ってやるからよ?ほら、行こうぜ」

無頓着に肩を叩かれた。不自由してない野郎の余裕にムカつきはしたけど奢る側になろうとしていたのが奢られる側になり代わろうとしている、この好条件には励まされた。うん。悪くない。切り替えが早いのはオイラの美点だ。

「待ってよ!あっちにいい店があるんだってば!!」

振り向きもしないで彼女たちとは反対方向に歩く二人を追いかけて、割り込むみたいに間へ入る。見上げたマニーはため息まじりに眉尻を下げて、ディエゴはちょっと不敵に口元だけで、微笑んだ。
よそ行きじゃない。これがオレの慣れ親しんだ二人の笑顔。
女の子を連れて行きたくなるようなムードは無いけど居心地が良くて安くて、料理が美味い。これに三人つるんで行けば文句なし。そこはきっと五つ星のレストランにもなるだろう。