(ブログ小ネタ用お題:先に寝ててください より)

シドは空気が読めない。今日はゆっくり一緒に過ごそうと考えてまっすぐ帰宅したマニーに構わず、夕食後のリビングでテレビゲームなど始めてしまった。思いやりのある、気のいいやつではあるのだが、他者の気持ちをくむ能力が未発達なのだ。
そんなふうに考え不満をつのらせるだけで、意向をシドに伝えないマニーのほうにも充分に落ち度はある。あるのだが、そういう自己反省をしないマニーだ。ふつふつと苛立ちをもて余しながら、入浴を終えて居間に戻る。あいかわらずシドはゲームに夢中で、特に反応もしてこなかった。
いつもなら即座にすり寄ってくるようなやつなのに。
冷蔵庫からディエゴが買い置いている缶ビールを拝借し、シドの正面に腰かける。ひとりで飲むほど酒好きではない。風呂あがりに飲むならミネラルウォーターのほうが好みなくらいだ。しかし「風呂あがりにビールを飲んで涼んでいる」というポーズをとらなければ、ここに座っていにくかった。

「シド。ゲームは一日一時間だろ」

ついに自分から、ぼそっと声をかけてみる。

「んんー?」

相手は生返事をするだけだった。集中しているようだから、よく聞こえていなかったらしい。
言い直す気にもならず、しかたなくシドにならってテレビ画面を眺めてみる。操作されているらしい兵士が慌しく戦場を動き回り、撃たれた敵兵が悲鳴をあげる。血しぶきがあがる。シドが操作している兵士自身が流血し倒されることもある。
映像はまるで実写のようにリアルで、胸が悪くなった。缶ビールを飲み干すことはできなそうだ。いよいよ手持ち無沙汰になる。

「マニー」
「え?」

目を伏せ、どうするか悩んでいたところ、正面から呼ばれた。不覚にも、ぱっと返事をしてしまった。

「なんだ」

視線がやっと合う。声がいくらか弾んでしまったのも分かる。だが、当のシドはそっけない。平然と告げられた。

「や、先に寝ていいよ?これさ。クラッシュとやってるんだ」

へぇ。クラッシュと。すごいな、最近はゲームも進んでるんだな。その前になにか、聞き捨てならないことを言われたような――。
マニーは無言でシドを見つめてしまった。

「マニー?どしたの?やっぱ眠いの?」
「…………これ、半分も飲んでない。私に先に寝てろって?」
「なんだ、聞こえてたのかぁ。うん」

頭にくるくらい何でもない顔をして、うなずく。また画面に吸い寄せられそうになったシドの視線。
こっちを見ろ、と怒鳴りたくなったが、できない。この苛立ちは理不尽なものだと、さすがのマニーも自認するしかなかった。温んだ缶を握りしめる。

「まだ寝ない。なあシド、もうゲームはやめておけよ。今日は一緒に映画でも観ようと思ってたんだ」

シドが再びこちらを向く。丸い瞳がぱちくりした。

「それ、マニーのお願い?」

意味も意図も不明な質問だったが、訊かれてマニーは考える。
相手はテレビゲームを続けたい。それをやめろと言った。つまりこれは自分の希望で、お願いというのも間違いではない。

「そうだな」

悔しさのようなものはわだかまったが、認めた。

「……りょーかい。映画映画!なに観る?うちにまだ観てないのあったっけ?これから借りに行こっか」

シドはやたらと嬉しそうだ。あれだけ熱中していたわりにあっさりゲームを終了させ、鼻歌まじりにテレビを消す。マニーは居心地が悪かった。

「こんなすぐにやめていいのか?クラッシュは」
「いいんだよ。一緒にやってる仲間、他にもいるし。それに比べてさぁ、マニーにはオレしかいないもんね?」

増幅する腹立たしさを抑えて、シャツを着替えるべくソファを立つ。
おとなしいマニーの背中へ、チャンスとばかりにさらなる軽口が投げつけられた。

「まったくもう、マニーってばオイラがいなきゃダメなんだから!でもさ、たまにはシドばなれしないとダメだよー?」

シドばなれって何だ。調子にのりやがって。先にくっついてくるのはおまえのほうだろ。
いつもの調子でどう言おうと、今回ばかりは説得力不足になる。悪あがきはかえって無様なだけだ。戦況に判断をくだし、マニーは首だけでシドをふり向いた。

「悪いが、無理そうだ」
「はい?」
「シドばなれ」

シドは空気が読めない。他者の気持ちをくむ能力が未発達だ。しかしそのシドなしでは休日前夜が退屈でしかたない自分のほうが、よほど重大な欠陥を抱えている――。
これで早く寝るよりはずっと楽しい時間が過ごせるはずだ。シドが一緒に居てくれるのなら。認めるのは癪だが、認めてしまえば楽だった。