天気が悪いので乾燥をかけた洗濯物の熱気により、そう広くない脱衣所はむせ返るほど強い花の香りで満ちていた。

「洗剤か、この匂い」
「洗剤じゃなくて柔軟剤だ」
「似たようなもんだろ……きっつ」

顔をしかめるディエゴは今にも鼻をつまみそうだ。ほかほかと柔らかく仕上がった衣類を洗濯機から取り出し畳みながら、マニーはそんな彼の様子を横目で捉え苦笑する。量は少ないので手伝いを要請することはしない。このまま傍らで話し相手を務めてくれれば十分だった。
そんなマニーの思惑を汲んでか、一刻も早くここから離脱したいであろうディエゴはしかし脱衣所を出ていこうとしない。バラのデザインが目を引く柔軟剤のボトルを掴んでしげしげ注意書きを読んだりしている。そうしてなんたらフローラルの香りだかなんたらブーケの香りだかとの表記を見つけたらしい、うんざりした様子でボトルを元の位置へ戻した。

「あいつとはどうしてこう趣味がずれてるんだろうな」

柔軟剤ジプシーを自称し香りの強いそれを好んであれこれ買ってくるのはシドだ。家事を厭わず料理に至っては半ば趣味にまでしているし、あれは感性がわりあい女性的なのかもしれないとマニー自身は思っている。 対してディエゴもコロンか何かを使っていることはあるがその匂いはもっとすっきりして明らかに男性用と判るものであるし、こうも甘いフローラルの香りなど当然邪魔になるわけだ。

「マニー。お前は気にならないのか、この匂い」
「…まぁ、べつに嫌いじゃない」
「あんたの『嫌いじゃない』は好きってことなんだよな」

遠慮無しに真っ向からひねくれもの認定をされた気がする。
しかし事実の一端を的確に突かれている気もしたので否定はせずにおいた。ディエゴと違い香水の類を使うこともないマニーとしては、柔軟剤の香りを特別疎ましく感じたことはない。

「シドに言えよ。嫌がってるのを知ればあいつだって」
「いや、お前が気に入ってるならいい」

ちょうど最後のバスタオルを引き出すのに紛れてマニーはディエゴの顔色をうかがう。そこに拗ねているような陰りはなく、ふて腐れて発した言葉ではなさそうだった。

「それで終わりか?」

熱く乾燥した衣類にのぼせた頭脳では「お前が気に入ってるなら」の真意を量りかねた。ともすれば特別視されていると、自惚れそうにまでなっている。

「あ、ああ。これがラストだ、から」

目前に寄ってきたディエゴから顔を逸らす。畳んだものを載せていった洗濯籠を運んでくれるつもりだろうというマニーの憶測は見事に外れ、逆にディエゴの足は衣服の山を押しやってしまう。

「おい何して…」

邪魔だとばかりにどかされた軽労働の成果。気を取られてゆるんだ緊張――その機を逃すディエゴではない。獲物を両腕のあいだへ閉じ込め、隙だらけの肩口に鼻先を埋めた。

「な、ディエゴ?」
「これくらい馴染めば悪くねぇんだけどな…この匂いも」

春物の薄い上着ごし。くんとディエゴが鼻を鳴らす仕草をはっきり感じ取ってしまい、マニーは赤面した。

「なじむ、って」
「お前のにおいと。判ってんだろ?」

両足のあいだにディエゴの膝が割り込んでくる。押し付けられた下半身。デニムの硬い布越しに伝わる、そこで疼く衝動。背中に当たる未だ熱を放出しきらない洗濯乾燥機より、よほど自分の顔が熱い。

「なぁディエゴ。真っ昼間だぞ?明るいうちからこういうことは」

暗に夜にしようと誘いをかける。やめろと拒むのではなく妥協案を持ちかけるあたりは大きな進歩なのだが、あまり良策ではなかったらしく。

「気にすんな。やってるうちに暗くなる」

かすかな香水と煙草。かぎ慣れたディエゴのにおいが鼻腔を掠めた。
むせ返るような花の香りは、もう遠い。