ディエゴはよく眠る。無趣味だからだ、とそれがまるで大罪であるかのようにシドは憤慨していた。 憤慨とまではいかないにしろ私もそれには同意見で、もうすこしディエゴは楽しみを求めることへ貪欲になるべきだと考えている。
だからこそ手持ちの本から読みやすいミステリー小説を選び、軽い気持ちで薦めてみたりしたのだが。

(…こんなに熱心に読むなんてな)

読書経験は多くないと言っていた。せいぜい試し読みのつもりだったのだろう、立ったままページを繰り始めたのが最初の五分。今やディエゴは私のベッドに座りこみ、黙々と文庫本を読みふけっている。さっきから幾度振り向き見てもその光景は変わらない。まさかこうまで熱中されるとは。

キーボードから指を離し、机にそっと片肘をつく。場所をとらないスマートさを気に入り選んだワークデスクだが、付属品である椅子の座り心地が悪く、けっきょくラップトップで長時間作業を行うときは一階のダイニングテーブルを陣取ることが多い。
自室で立ち上げる場合の用途はせいぜい簡単な調べ物か音楽を聴くためか。小さなスピーカーが奏でる涼しげなヴァイオリンだけが、今この部屋を満たす音のすべてだった。もっとも場を繋ぐためのBGMやこれといった話題など無くとも、ほとんどの場合相手がディエゴであれば苦にならない。
ほどよい冷たさを帯びた初夏の風。あくびを噛み殺し、つらつらと思考の着地点を探す。

(――…遊び方を、知らないだけなんだ)

真剣な顔を眺めていて、ふと気づく。視界が白むような、それでいて衝撃ではないごく静かな、トンネルを抜けた瞬間のような発見だった。
ディエゴは怠惰ではない。楽しみは求めるものなのだと、意識してもいないだけなのだろう。
あまりに乱暴だ。それを「無趣味」で片付けるのは。

(なら話は簡単だ…かえって難しいのか?)

ストレートに趣味を訊ねても、おそらく答えは得られまい。しかしまだ互いに知らないことは山ほどあって、それはそのまま伸びしろになる。好きな音楽や、好きな場所。無いと言うなら見つけるのだ。なにしろ時間に制限はなく、ディエゴとは無言で一緒にいたって苦にならない。
むしろ近くにいるだけでどこか安心できるのだ、白状すれば。
誘うとしたら映画?買い物か?いっそ遊園地とか水族館とかはどうだ? 恋に恋するティーンエイジャーのような煩悶さえ心楽しい。こうやって、いつかはもっと多くのこと――不可侵を守っている過去の思い出を含め――知り合えたら。途方もない夢、そう遠くない未来。

また一つ曲が終わり、同じく風がやんだ。
それを合図にしたかのようにディエゴがふいと顔を上げ、本を片手に立ち上がり、空いた方の腕がおもむろにこちらへ伸ばされ――視界が、急に真っ暗になった。

「……ディエゴ?」

伸びてきた手に両目を塞がれている。意図が掴めず、ひどく間抜けな声が出た。

「見るな」

居心地悪そうな返事に驚く。ベッドに座ってから今まで私が観察するなか、ディエゴがこっちを見ることは、一度だって有りはしなかったはずなのだ。

「…どうして見てるのが判ったんだ」
「視線を感じるんだよ。痛いくらい」
「視線で感じる?」
「――マニー。…熱、は無さそうだな」

冗談はさっぱり通じなかった。よほど私の目は読書の邪魔だったらしい。声と気配がささくれ立つ。
……知らないことはまだまだ多いが、とりあえず感受性は強いようだと覚えておこう。