(ブログ小ネタ用お題:繋がらない電話 より)

「なんだ、ディエゴか」

帰宅するなり盛大ながっかり顔に出迎えられた。マニーはいいやつだが、こいつの俺に対する配慮のなさにはときどき呆れる。

「悪かったなシドじゃなくて。まだ帰ってないのかあいつ」
「そうなんだよ!さっきからぜんぜん連絡がとれないんだ!おまえ、何か知らないか?」
「特には」

心当たりはない。肩をすくめた。
やきもきとマニーは時計を見る。もうすぐ深夜二時。いつものシドはだいたい日付が変わる前後に帰ってくるから、たしかに遅い時間ではある。しかしあいつだっていい大人だ。まだそう心配するような頃合いでもあるまいに。

「ガキじゃないんだ、ちゃんと帰ってくるさ。心配しないで先に寝たらどうだ?明日も早いんだろ」
「無責任なこと言うなよ」

俺なりに元気づけたつもりなのだが、マニーはますます眉間のしわを深くした。

「だって電話がつながらない、メールの返事もないんだぞ?シドのことだからまた変な相手にインネンをつけられてるのかもしれないし、そうじゃなきゃ腹をすかせて、どこかで行き倒れてるのかもしれないだろ!」

インネンはともかく、行き倒れはないだろ。いくらシドでもそりゃないだろ。
呆れて聞いている俺に気づいたらしく、

「……で、でもべつに心配してるんじゃないぞ?眠れないわけでもないからな」

とのよけいな付け足しがあった。ここでこのマニーに反論しても逆効果だ。

「わかったわかった。まだ寝ないんなら、一緒に飲んでようぜ。な?」

寝酒にウイスキーでも出してやれ。
そんないいかげんな思いつきがまた、失敗だったのだ。


「…………。シドが、まだ帰ってこない」

つぶやきは恐ろしく鬱々としている。辛気くさいため息も、すでに百回は聞いた気がする。こっちまで落ち込んじまいそうだ。あれから小一時間、濃い水割りを飲ませすぎたか。

「もう、帰ってこないのかもしれない」
「帰ってくるって。マニー、あんたちょっと思いつめすぎだ。ここんとこ特にひどくなってるぞ」

シドのことになると不必要なほど感情的になる傾向は前々から見られたが、あいつと付き合いだしたあたりからはそれが特に顕著になっているように思う。
マニーは、どろりとした眼を閉じた。

「……かもな。私は、おかしいかもしれない。シドが今どこにいるか、何をしてるか、分からないと不安で仕方なくなるんだ」
「……マニー」
「ずっと、目の届くところにいてくれればいいのに」
「…………あのなぁ。そういうことは、本人に直接伝えろよ」

俺は恋愛沙汰に明るくないが、こう俺に愚痴るよりよほど手っ取り早いはずだ。

「簡単に言うな、言えるかそんなこと……」

テーブルにぐったりと両ひじを置いたマニーの頭。みるみるうちに下がっていった。
部屋で寝れば、と言っても聞かないのは想像がつく。とりあえずシャワーを浴びてくることにして俺は椅子を立った。


風呂から出たところで、ちょうど玄関に入ってきたシドと鉢合わせた。

「あっ、たらいまーディエゴー!」
「シド。なんで電話もよこさなかった?」
「やー、仕事あがりにさ、めずらしく飲みにさそわれちゃっれさー!」
「飲みに?おまえな、酒は飲むなっての」
「飲んれないもーん。ふたくちくらい、飲まされたらけらもーん」
「だから飲んでんだろうがアホ」

本格的に居候が決まった当初、一度だけ三人で酒を交わしたことがある。そこで酒癖を目の当たりにして以来、こいつにはアルコールを固く禁止したのだ。
呂律の回っていないシドは、ふらふらと頼りない足取りでリビングに入っていく。

「マニー!たらいまー!……ん?んんー?マニー、寝ちゃってんの?」
「そうだよ。起こすな」

マニーは食卓につっぷして寝息を立てていた。ぐっすり眠ってくれててよかった。俺も酔っぱらい二人を相手にはしたくない。

「う、酒くさ。えへへへへ、でも寝顔はかわいーんだよなぁ」

寝顔を覗きこんでへらへらするシド。

「……心配してたぞ。遅くなるなら連絡くらいしてやれ」
「えーマニーが心配?それマジ?」
「ああ。この世の終わりみたいな顔してな」
「うわーうそ!その顔、オレも見たかったぁー!」

シドはうつぶせるマニーにしがみつく。なんでここまで嬉しそうなんだこいつ。これで目を覚まさないマニーもマニーだが。
もう、勝手にやっててくれ。わりと本気で状況を投げ出したくなった。