オレの記憶はこれに似てる。ボリュームをしぼった深夜の白黒映画。色あせて、古ぼけて、奇妙に安定していて、心細い。 大昔に作られたラブストーリーはリリカルでセンチメンタルで、ものすごい退屈。オープニングから見てはいるけどちっとも内容は頭に入ってきやしない。

「…ふわ」

家主はオレの帰りを待たずに寝ちゃってたし、居候(オレもですが)はさっき帰ってくるなりシャワーを浴びにいっちゃうし。最近すれ違いが多い。三人がなかなか揃わない。特にひとりは退屈だ。せめて誰にも気兼ねなく大きな欠伸をして、ごしごしとまぶたをこする。尻をずらしてソファの背もたれに深く体を沈める。
やっぱ映画はすかっとするアクション、それもカンフー使いが出てくるコメディまじりのやつがいい。 ちなみにマニーの好みはミステリーとかサスペンスとかの類で、ディエゴの方はそもそもあまり映画鑑賞を趣味にしない(強いて言うならオレの好みよりハリウッド的なアクションものが好きっぽい)ほんとにバラバラなのだオレたちは。
それにしたって、ディエゴは無趣味。薦めればマンガを読んでみたり、ゲームに誘えば乗ってくれることだってある。付き合いは悪くないからめったに気にすることはないんだけど。
……イメージとしては酒に博打に女ってかんじ?実際のところ、最初の一つ以外は縁遠そうだ。
思考をふらふらさせるオレの前で、男優が女優をクサい台詞で口説いている。こう簡単にいきゃ苦労しないって。やさぐれて隣にあったクッションを膝にのっけたオレの後ろを、無趣味男が通り過ぎた。

「ディエゴ?」

ぎょっとして、キッチンに向かう背中を視線で追う。ディエゴは半裸だった。いくら風呂上りでも、真冬だってのに。真夏だってまずそんなことをしない某堅物を見習ってほしい。
疲れた様子で作り置いてあるアイスティーなんか注いでいる――どうもこいつまで本調子じゃないらしい。観察対象をテレビ画面に戻して、雨が降り続いてるせいかな、なんて憂鬱に考える。
これは意外だったんだけど。グラスを持ったディエゴはクッションが退いてできた空席、要するにオレの隣へ座ってきた。

「……寒くねぇの?」

オレはひとりが嫌いで、同じくらい沈黙が苦手。つい自分から話を振ってしまう。

「寒くない」
「なんか着れば。湯冷めするよ」
「湯冷めするほど温まってない」

じゃあ寒くないことないんじゃないの。つっこむかどうするか、迷ってやめた。そしてまた沈黙。仕方ないからクッションの花柄に顎を沈めて、画面に集中したふりをする。
――たぶん。たぶんディエゴは、昔の仲間に会ったんだと思う。ただの勘。オレの勘はけっこう当たる。
オレにはよく判らない。完全に縁は切ったはずなのに、どうしてまだそんなことをして自分を追いつめるんだろう。そういう世界ではボスのことを親父とかって呼ぶのを聞くことがあるから、ディエゴにもそんな感覚なんだろうか。
親父に兄貴に舎弟、とか?それらしいものなら色あせて古ぼけたオレの記憶にだって一応存在する。だけどオレは、そんなもんよりずっとずっと今が大事。抱いていたいのは今だけだ。
ディエゴはどうなんだろう。
過去を振り切りたくても振り切れないのと、そもそも振り切る過去がないのと。どっちの方がいいんだろ。
ディエゴは映画を眺めている。あるいはただ前を向いてるだけかもしれない。
無造作に後ろへ流し気味にされてることの多い髪が、今は濡れて目元にかかってる。見るたび感心するくらい、こいつの筋肉は実用的に引きしまって無駄がなくて、まるで肉食動物みたいだ。そう、たとえば豹とかチーターみたいな。全力疾走でもすればサマになるに違いない。グラスに触れる薄い唇とか、喉仏がくっきり上下する動きとか――…って。

「う、わ。……なんか、むらむらしてきた」

うっかり呟いてから焦った。いくらなんでも気味悪がられるだろ!

「っじゃなくて!むらむらってのはそういう意味じゃなくて!」
「安上がりだな」

さらば楽しい日々よ共同生活よ、オレは十字を切る思いだったのに、他人事みたいにディエゴは軽く笑った。 何のことかと前方を見て納得する。映画はちょうどベッドシーン、濡れ場真っ最中。それを見てのことだと勘違いしてくれたらしい。これはこれで不名誉だ、けれど綺麗な女優じゃなくてあんたのせいだなんて訂正するわけにもいかないし。ほっとしたような、複雑な気分。
オレはぎゅうっとクッションを抱きなおす。ちょっと元気を出したらしい半裸男は小さくなった氷をがりしゃり食べている。…色気ねぇぇ。アホみてぇ。
やっぱ映画はすかっとするアクション、それもカンフー使いが出てくるコメディまじりのやつがいい。