スイッチの入ったマニーを自室まで引き連れ、シドはベッドに腰かけた。説得したら即実行。この機を逸するわけにはいかない。時間を置いて冷静になってしまえば、またさんざん躊躇するに決まっている。 ためらいもせずジーンズの前をくつろげたシドの正面で、マニーは信じられないといった表情で立ちすくんでいた。 「はいどーぞ」 「どーぞって……。い、言っておくが絶対いいもんじゃないぞ!?やったことないんだからな!?」 「やったことあったら大ショックだって。いいかどうかはオレが決めるから、早くしてよ。さすがにいつまでもそうやって見られてるの恥ずかしいから。あ、それともあれ?やってくれるのって一人で」 「違う黙れ」 のっけからアブノーマルなチョイスをするものだと驚きかけたがきっぱり否定された。居丈高に言い放ったわりには恐る恐る近寄ってきた手首を、再びシドは捕まえる。本当はこんなやけっぱちの成り行き任せでなく気持ちよさを共有したいところなのだが、最初はこんなものだと割り切るように努めた。なにせ相手はこの堅物。 両目の色を恥辱に深めていたマニーは、やがて諦めたようにカーペットへ膝をつく。 跪く彼の前でベッドに座する自分がひどく傲慢な態度をとっている気がして、それに興奮を覚えている現状にも内心シドはどぎまぎした。あせたインディゴに包まれたままの腿へ、緊張に震える手が添えられる。ただそれだけでびくりと過剰な刺激が背を走り、声は上ずった。 「ぅ、マニー」 「……いいか。期待はするなよ。するなら私にできるだけの、要求をしろ」 「え」 もう一回言って、とさっそくリクエストする間は与えられない。腿に触れていた手のひらを脚の付け根に置き変えたマニーの舌が自身に寄せられ、舐め上げられた。 「うわ、」 それだけでぞくり、再び背すじを快感が駆ける。弾みそうになった腰をシドはシーツを握り締めることで繋留した。けれど、終わりではない。始まったばかりなのだ。 先端を熱い粘膜が含み、さらに強い電流が脳髄を刺す。 「あ、う…」 洒落にならない速度で形を成していく己が情けない。五分で終了とまではいかないにしろ。まずある程度までは手でいじってほしかった、などと不満は言えなくなってしまった。 「…もっと深く……んっ、そ」 囁くように要望すれば、膝の間に置かれた体は身じろいだ。首をうつむけ、ずるりと口いっぱいに咥えこまれる。絡んでくる息も唾液も熱すぎて、眩暈がしそうだ。 そうは言っても技巧自体はとても稚拙。舌の動きは平板で、ときどきと言わず歯が当たる。マニーは咥えてもらったことないのかな、ふわつく意識下でシドがこっそり思うほど。 けれど苦しげに瞼を伏せる表情やこの男が従順に奉仕へ徹する現状況、それだけで昂ぶるのには十分だった。たどたどしい舌使いにさえ、むしろ効果的に煽られている。 「ね、目、うるうるしてる…。興奮してんの?」 観察に邪魔な前髪をかき上げてやり囁くと、潤った瞳は射殺さんばかりに睨んできた。 ああこの上目遣いもすごく新鮮。征服欲が満たされるってこういうことかも。 実際は息苦しさのためだろうが、感じるものがまったく無いとも言わせない。 「マニーって、さ。意外にマゾだったりするよね」 「っ、ぐ……!?」 ついでにオレは意外とサディストらしいよ、との宣言代わり。抗議しようと舌を外される前に、軽く腰を動かした。のどの奥を突かれ、苦しそうに咳き込んだ頭をとっさに押さえると、逃げ場を失った唇が粘液を溢す。むせび喘ぐ合間、すがるよう内股に爪を立ててくるのがいじらしい。つい少し前までの強さがない涙顔は許しを乞うようなものにも見えたが、それにかえって唆される人間がいることをマニーは知らないのだろうか。 「吐き出さないで。最後まで」 押さえるついでにくしゃり、シドは柔らかな髪を片手で握りこむ。観念したらしく、マニーは咳を収めながらもぎこちない口淫を再開した。 疲れたのかもしれない、ストロークは始めより大きく緩慢になっている、それでもひどく気持ちいい。ゆっくりと浸たし啜られますます熱く充血し、ときおり外気に晒されれば引きつるように疼く。卑猥な水音すらが心地よく神経をこねるようだ。薄く歯を覗かせ、シドは笑う。もっとずっと続けてほしいが、絶頂は近い。筋肉や骨までが痺れ、快感に喜びわなないていた。 「っう、ふ、あ…そこ……気持ちい、っ……!!」 狙ったものか否か、不意に鈴口を舌先でえぐられたのが不味かった。 一気に我慢が利かなくなり、慌ててマニーの頭を放す。射精の前兆は察知できたはずだが彼はもう逃れようとせず、あろうことかいっそう深く招き入れた。 「ばっ、あ、出る、って ――」 シドが自ら腰を捩ろうとした時には遅い。前のめりになっていた背中が衝撃に反りかえる。硬い先端はその場で爆ぜ、ほぼ直接食道に精を注ぎこんだ。 「ん、あ……!」 感じる喉の動きでマニーがそれを飲み下そうとしていることが判ったが、無茶だ。結局六部目あたりで唇を外し、げほごほと盛大にむせ返る。 「…は……。あぁー…はは…、だいじょぶ?」 余韻を味わう暇もない。ようやく罪悪感を覚え、シドは咳き上げる背を撫でさすった。 「っ……お、おまえっ、お前、あんな、量っ……!大丈夫なわけ、あるかっ……!」 「いやごめん、でも飲むまでサービスしてくれなくても…なんで?」 取り出したティッシュで口元を汚す白濁を拭ってやる。ぜえぜえと荒げた呼吸を落ち着かせ、マニーは潤んだ声で呟いた。 「『最後まで』って…お前が言ったんだろ」 「……うそ」 「嘘じゃない、っ?」 込み上げた嬉しさに任せて唇を塞いだ。まだキスもしていなかったのだ、考えてみれば。舌に広がった苦味で自分のものと間接キスになることへ思い至ったが、今さらなのであまり考えないことにした。 「……順序がおかしいだろ、明らかに」 口づけのあいだは大人しかったのに、唇を離したとたんにこれだ。これこそマニーらしいのだが。 「ごめん。オレも焦りすぎてた。でもさぁ、気持ちよかったよ?愛を感じたっ」 「あい?」 「だって自信なくなってたから。オレ愛されてるのかなーって」 ふにゃりと顔から力が抜けた。でまかせじゃない。気持ちよすぎて、嬉しすぎて。どうしようかと不安になるくらいだったのだ。 「オレの愛も感じたでしょ?」 ぼんやり座り込んだままのマニーが紅潮した顔を上げる。 「だってさぁ、普通イけないよ?あんなへったくそなフェラだけじゃ。愛がないと――」 語尾まで待たれず、がな、付近。全力で顎をかち上げられた。 ちょっと、急所。ここ人体の急所。下手したら死ぬ。おもいっきりアッパーするとかシャレになりませんから。 喋りたくても頭がシェイクされてまったく呂律が回らない。脳震盪一歩手前か、一歩後ろといったところ。 「死ね!!!」 ――ああ。むしろそれをお望みでしたか。 口をゆすぐなり顔を洗うなりするのだろう、ひとこと吐き捨て、マニーの脚が遠ざかっていく。だがシドは知っていた。次の機会もきっと在るのだ、自分が求めさえすれば。 ――だって愛されてるもんね、オレ。 満ち足りた気だるさと手痛い愛に包まれて、意識はゆるやかにフェードアウトしていった。 |