帰宅した妻がリビングへ踏み入るのを辛抱強く待って、マニーはパソコンから顔を上げる。 こういう折に玄関まで出迎えに行っていたら「あなたのほうが奥さんみたい。それかペットのわんちゃん?」と笑われてしまったのだ。

「おかえり」
「ただいま、マニー」

昼から友人と会いに出かけていたエリーは機嫌よくにっこりした。

「ごはん食べた?クラッシュとエディは?」
「ああ食べた。おいしかったよ。二人も私が帰るより先に済ませてた。いまはクラッシュが風呂、エディは部屋」
「そっか。わたしは今日の夜ごはんにね――」

つくりおいてくれた夕飯には何の不満もなかったが、一人の食卓は味気なかった。そう感じられることは幸福なのだろう。今日はどこへ出かけてどんなものを見てなにを食べたと、たわいない報告をしてくれる相手がいることは。

「……そうだ。友達がそういうの、好きでね。手相を見てもらったんだけど」

買ってきた食材を片づけ、やかんで湯を沸かし、キッチンから楽しそうに話をしていたエリーが眉を曇らせた。

「ん、どうした。結果が悪かったのか?」

マニーはパソコンを完全にとじ、両手で紅茶碗を運んでくるエリーのために椅子からソファへ移動する。
横に座った彼女は神妙な面持ちでカップを手渡してくれた。独特の爽やかな香りが漂う。苦手だったハーブティーも、彼女に出されて飲んでいるうち慣れて好ましくなってきた。

「悪いっていうか。悪いんだけど」
「うん?」
「今年はわたし、健康運にも金運にも恵まれて不自由しないらしいわ」
「なんだ。良かったじゃないか」
「でもね。恋愛運が最悪なんだって」

あやうく茶を吹き出しかけた。

「あれをこうすればいい出会いがありますとか。来年の何月ごろがチャンスですよ、とか。いろいろアドバイスされた!よけいなお世話よね?」

どんどん荒くなってきた語気におされる。口を挟みそびれるところだ。

「最初に確かめるものじゃないのか?相談者が未婚か既婚かぐらい」
「そうなの?誕生日は訊かれた。でもわたしが独身だと思ったんでしょうね」
「いいかげんだな……」
「でしょ!?わたし結婚したばっかりです!って言っちゃったわよ。ほんとに嘘ばっかり、インチキよね!あんなのっ」

誰よりも気を悪くすべきなのは自分なのかもしれないがさほど不快感はわいてこない。微笑んで聞く余裕さえあるのは、先んじてエリーが憤ってくれているからに違いなかった。

「エリー。あながちインチキでもないんじゃないか?それは」

穏やかな気分で言う。彼女は心外だったようだ。どういうこと?と上目に睨んでくる。

「そのおかげで私は、きみとこうしていられるんだろう」

頭を抱きよせるようにして髪をすいた。触れ合った体にこわばりはない。あずけられた重みが愛しかった。

「感謝だな。わが妻の、最悪な恋愛運とやらに」
「もう……ばかみたい」

エリーはふくれてそっぽを向く。いいかげんな占い師に対する皮肉でもあり、また彼女は気づかなかっただろうが、マニーとしては本心でもあり。しかしそれは、黙っておいた。