ここのところ空の機嫌がよくない。今日も雲が陰鬱に立ち込める天を自室の窓ガラス越しに仰ぎ、マニーはベッドに腰を下ろした。曇りの日というのは嫌いじゃない。それが休日のものなら尚のこと。肌寒さを感じ、ごく弱くヒーターをつける。
ちょうど購入したきり手付かずの本があったので暇を持て余すこともなさそうだ。

「――」

眼鏡をかけるのは利便性のためというより文字を追う作業に自らを集中させるための、下準備のようなもの。その甲斐あって本に没頭し始めた矢先、ドアがこつこつとリズミカルに叩かれた。

「…開いてるぞ」

ノック音で二人の居候どちらであるかは容易に判別できる。
よぎった選択肢「無視する」を頭の隅に除け、マニーはドアの向こうへ声をかけた。

「お邪魔しまーす。なーマニー」
「断る」
「えぇ〜!?オレまだなんにも言ってないじゃんっ!!」

呼びかけをしれっと突き放せば、入ってきたシドは悲痛な表情で吼える。

「それ以上言わなくても判る。今のは何かろくでもない頼みごとする時の『なー』だろ」
「う…頼みごとは当たりだけど、ろくでもないはハズレだって」
「へえ。なら、聞くだけ聞いてやる。どうした?」

眼鏡のセルフレームを指で押し上げつつ視線を向けると、シドはころりと満面に笑みを浮かべた。

「あのさ、膝貸して。枕にするから!」
「寝言は寝て言え」

話は終了。
手にした本へ視線と意識を戻しかけたが、ベッドに乗りかかってきたシドに邪魔される。

「ちょっマニー、いいじゃん。膝は空いてるだろ?」
「膝を貸せって…。要は膝枕じゃないか。何が悲しくてお前に」
「いやさぁ、昼寝でもしようと思ったんだけど。ちょい寒いから。ほら、バラバラの部屋で何台も暖房つけるの勿体無いでしょ」
「……む」
「だから、オレもマニーの部屋で寝かせてもらった方がいいじゃんか」

主張のそれなりの正当性に一瞬マニーは納得し、頷きかけた。しかし、慌てて首を横に振る。

「だからって膝枕はないだろ!!」
「えぇーでもー。マニー、ベッドに座ってるんだし。せっかくだからついでに!」

言うや否やシドは横になり、本当に後頭部を膝に乗せてきた。

「何がついでだ!おい!」

こうなれば強引に立ち上がってベッドから降りるなりすればいいだけの話だが、そこまで他人――特にシドを無下にできないのがマニーだ。面食らっている間に、シドは腰に腕を巻きつけてきたりと好き放題している。

「ん〜……あんまり寝心地はよくないか」
「当たり前だ!放せ!」
「や、でもさぁ。悪くないよ?これ。幸せっぽい」

くしゃりと無邪気に頬をゆるませ、シドは目を閉じた。

「もういいよ。気にしないで読書続けて。オイラも後は勝手に寝ちゃうから」
「あー…ったくお前は……」

が、それ以上文句は出てこない。家族には恵まれてこなかったシドだ、人肌が恋しくなることもあるのだろう。こんな風に和らいだ表情をするのなら、膝を貸してやるくらいは安いものかもしれない。

哀れみを胸中で噛みしめ膝にかかる重みを労わりながら、再びマニーは文字を追う作業に精神を埋没させていく。 暫くしてふと、寝たとばかり思っていたシドが呟きを洩らした。

「マニー」
「ん」

下方から眠たげに向けられたまなざしに応える。そこに混じった不穏な光。

「メガネってさぁ……。そそるよな」

ふにゃりと笑うシドを見下ろし、マニーは呆気に取られて絶句した。
見つめ合うこと数十秒。

「――…次言ったら蹴り落とすからな」

わりと本気だったのだが、暖簾に腕押し。シドは今度こそ満足そうに、両目を閉じただけだった。