(ブログ小ネタ用お題:ふと目に入った○○ より)

「なぁなぁマニー。前から訊きたかったんだけど、これ、訊いちゃっていいかわかんないけどさ」

ソファでゆったり読書を楽しんでいたところ、エプロン姿のシドがとことこ寄ってきた。こうして雑談をふってくるということは、おやつのパンケーキ作りはひと段落したのだろうか。

「じゃあ訊くな」

マニーとしてはこのまま本に集中したいので、構わないでもらいたい。こういう前置きがある以上、ろくな用でもあるまい。しかしそう希望通りに遠慮はしてくれないシドである。マニーの返事を聞き流してよく動く口をひらき、

「マニー、この歳で老眼なの?」

そんな、聞き捨てならない質問をぶつけてきた。
軽い苛立ちを覚えながら本にしおりを挟み、マニーは脚を組みかえる。

「老眼じゃない。普通に、普通にってのも何だが、近視だ。映画の字幕を読んだり運転をしたりするときは、かけてないときつい」

「へぇ。そうなんだ。じゃあ近くは見えるんだね?」

すぐ横に座り、シドは顔を覗きこんでくる。出会ったときからだが、パーソナルスペースの狭いことだ。

「ああ。手元のものなら問題なく見える。ただ、乱視もすこし入ってるらしくてな。目を酷使するようなときは眼鏡をかけてるほうがいいんだ」
「ふーん」
「そうだったのか」

説明すれば隣と、離れたテーブルからも声があがった。遅い昼食をとっていたディエゴだ。

「なんだよディエゴまで?」

マニーははずした眼鏡を、読みかけのハードカバーの脇に置く。

「あぁはは、俺もな。あんた、若くして老眼なのかと思ったことがなくもなかった」
「……おい」
「普段からかけてるようにはしないのか?つけたり外したりするより楽だろ」

質問を重ねてきたのはごまかしのためであるような気もしたが、文句を言っても仕方ない。

「かけっぱなしだと邪魔だろう。視野が狭まる感じなんかも、どうも好かなくてな。これ以上視力が下がって常にかけてる必要ができたら、コンタクトにするかもしれない」
「えー。コンタクトって怖くねえ?異物を目にくっつけるんだよ?」
「つけてるうちに慣れるんだろ。……たぶん。おまえたちは?視力いいのか」
「俺はいいぜ。相当」
「相当とは言わないけどオイラも悪くはないよ。眼鏡は必要なし。ってことでマニーの、ちょっとかけてみていい?」

マニーがうなずくと、シドはさっそく眼鏡を手にしてテンプルを開く。耳にかけてみせ、胸を張った。

「メガネ男子なシド!どう?」
「……驚異的に似合わないぞ」
「ああ。ねえな、そりゃ」

黒のセルフレームというデザインの問題かそれ以前の問題なのか、まったく顔になじんでいない。さっぱり似合っていなかった。
二人からの批判を受け、シドは目をしばたたきながら眼鏡をとった。

「うーだめだ目が変になる。ちぇ、じゃあディエゴもどうぞ!」
「俺も?」

問答無用で眼鏡を手渡しに動くシド。面倒そうにしながら、ディエゴもそれをかけてみる。
視力の良い彼にはシド以上に負担なのだろう、ディエゴは両目を細めてマニーたちへ顔を向けた。

「わあぁ」
「ふっ……。ディエゴ、おまえ、はははは!なんだ、案外ぜんぜん似合わないな!」

シドは怖がり、マニーは笑った。指までさして笑ってしまった。
シドとはやや違うベクトルで、ディエゴもじつに黒ぶち眼鏡が似合わなかった。それは取ってつけたようで、不自然極まりなかったのだった。

「もう一本のほうがまだマシそうだな。持ってくるか?」
「もう一本?どんなんだっけ」
「ふちが上半分だけの」
「ああ。はいはいはい」

予備もかねてハーフリムの眼鏡も使っている。そちらのほうがフレームの主張が弱いぶん、このコワモテにも合うのではないか。

「いらねえ。充分笑っただろ」

へそを曲げたディエゴは仏頂面で眼鏡を取ってしまった。珍しくとりなすようにシドが言う。

「ディエゴ、グラサンは似合うのにねぇ」
「おっかないからな」

マニーはそれに笑って同意した。しかしこういうのは見慣れているか見慣れていないかの問題で、印象を左右されるのだろうとも思う。ちょっとからかいすぎたかなと、詫びを口にしようとしたときだった。

「マニー。こっちもかけてみろよ」

ディエゴが意地悪げな笑顔で差し出したのは、シャツの胸ポケットから抜き出したサングラスだった。
フレームは黒、レンズはグレーの色つき眼鏡。マニーは少々たじろぐ。

「え……」
「あはは!マニー、かけてかけて!はい!」

受けとったシドがはしゃいで隣に戻ってきた。
結果は見えているが、これに乗らないのは卑怯か。先ほどの大笑いをいささか後悔しながら、マニーは促されるままうつむいてサングラスをかける。薄暗くなった視界で、二人にいさぎよく顔を見せた。

「わあぁぁぁ」
「おい、思った以上だな」
「思った以上にどうなんだよ」
「似合わねえ」
「うん!似合わない!なんだろう、すごく無理してるっぽい!かっこつけようとして失敗してるっぽい!」

薄く笑うディエゴ。わかっちゃいたが屈辱は屈辱、恥は恥だ。容赦のない感想に、少なからずへこまされる。

「シド!おまえはどうだよ!ほら!」
「あいた、ちょ、自分でやるからっ」

けらけら笑っているシドに、マニーはぐいと押しつけるようサングラスをかけさせた。外からは見えづらくなったが、グラス越しの両目がまたしぱしぱと落ちつきなく動いたようだ。

「で。どう?似合う?渋い?」

そして何故か、シドはまたも胸を張る。その自信ありげな仕草はどこからくるのか。不思議なくらいだ。

「…………究極的に似合わないぞ」
「だな。まぁよかったよ、気に入ってんだそれ。シドに似合っても複雑だからな」
「なにそれ!?またかよオレばっかり!」

ディエゴがさっさと取り上げに来たサングラスを、恨めしそうにシドは見上げた。

「もういいよ。わかったよ。シドは素顔でいるのが一番だって、そういうことでしょ二人とも?」
「そうそうよく分かったなその通りだ。いやあ、シドの素顔は最高だなあ」
「うっわ適当だねぇマニー」
「さて、遊んでないで俺はそろそろ行くか」
「ディエゴはもっとひでぇ!スルーしないでよう!」

シドのわめき声をBGMにマニーは再びハードカバーを開き、顔だちになじんだ眼鏡をかけた。