表情の乏しいやつ。
出会った当初、マニーをそう印象づけていた。今となってはお笑い草だ。注意深く見ていれば、むしろマニーは表情豊かなのだ。そういうところでも嘘がつけないようで、感情をわかりやすく顔に出す。
だから思惑を推しはかる必要も裏をかく必要もない。そういう人間は、ディエゴにとって心安い相手だった。

その相手――マニーは今晩もまた分かりやすく腹を立てていた。いらだちをあらわにオーブンの中を掃除している。今日は自分も遅くなると話していた予定通りだったようで、部屋着にきがえもしていなかった。
帰宅したばかりのディエゴは状況がつかめていない。
シンクやコンロの脇に、使用済みの調理器具や使い残しの製菓材料が置きっぱなし。控えめにいっても散らかった台所。

「マニー。なんだ、これ」
「シドだよ」

どこのどいつがキッチンをこの有り様にしたのかは察している。たくさん菓子をつくって配るのだと、やつがはりきっていたのは覚えていた。マニーがしているのはその後始末というわけだ。

「さっきな、私が帰ったときあいつはちょうど出がけだったんだ。急いでるとか片づける時間なくなったとか、言いわけされた」
「あーそう、手伝うか?それかさ、そのままにしといたら」
「目に入る場所がこう散らかってると落ちつかないんだ。手伝いはいいよ。メシは?」
「俺も済ませてきた。じゃあシャワー浴びてくるか……。二人だからな?今日」

含みを持たせれば、やっと手をとめる。にらまれたようだがお叱りはぶつかってこなかった。ということは、乗り気と捉えていいのかもしれない。ディエゴは機嫌よく浴室へむかった。

頭を拭きながらリビングへ戻ると、マニーはまだまだ片づけの最中だった。ワイシャツの腕をまくって食器を洗っている。いつもよりは時間をかけてきたつもりだったのだが。

「もう出たのか?たまにはゆっくり温まってこいよ」

どう意見されてもバスタブでのんびりする趣味はないので、なにも返さず後ろを通りすぎた。水かビールかを目当てに冷蔵庫を開く。
と、庫内を大きなボウルが占有していた。出してみれば中にはたっぷりの生クリーム。

「これ、余りもんか?」
「ああ。作りすぎたから、食いたかったら好きにしていいんだと」

調理台にのせたボウルをマニーも覗く。

「しかしクリームだけこんなに残されてもな。コーヒーにでものせるか」

ぼやく相手を尻目に、ディエゴは器にかかったラップをはがした。ちょっと考え、泡立ったクリームを人さし指ですくいとってみる。親指と擦りあわせて調べた粘度は、いまひとつ。

「……でもま、使えないことはない。よな」

ひとりごち、横からマニーのあごをつかんだ。
キスをするつもりなのだが、ぎりぎりの距離で踏みとどまられる。

「いきなりサカるな。片づけが終わってからにしろ」
「そのあとで風呂だろ?待ちくたびれる」

ディエゴは蛇口をひねって水をとめ、うるさい唇を今度こそふさぐ。濡れた手で上着の袖がつかまれるのも構わない。ただでさえ絶対的に頻度が少ないのだ。時間が惜しいし、犬ころみたいにお預けをくらうのも、待てと言われて待っているのも主義じゃない。
奥へ逃げたがる舌を追ってとらえて、性感をあおるための口づけをする。眉を寄せているマニーも実力行使で体を突き離そうとはしてこなかった。ならば同意されていることにして、順序よく上からワイシャツのボタンを外していく。ネクタイを取るところからやりたかったなと内心で悔やみつつ、ボウルの中身を片手にすくった。

「ディエゴ?」

不審げな呼びかけには応えず、ディエゴはそのべたべたになった手のひらで、はだけた胸元に触れた。

「っ!?」

マニーがぎょっとするばかりなのは、虚をつかれたからだろう。抗議がないのを幸いに、白い跡をつけて肌を滑る。突起をひっかくと、うわずった声が聞こえた。

「な、にしてるんだよ」
「なに?っつうとそうだな。クリームプレイ?」
「じゃなくて!食い物で遊ぶな!」
「有意義に使えば文句はないだろ」

クリームを塗り広げたのとは逆方向に下から上、胸からのど元へ、舌ではい上がる。マニーがふらつき、後ろ手でシンクのはしをつかんだ。
やはりというか、舐めとったものは甘ったるい。
これを潤滑剤代わりにするのは悪くないが、あまり自分の口には入れたくない。ディエゴは再びちょっと思案した。

「ディエゴ……やるんだったら早く、終わらせろ。片づけに戻る」
「早く?」

この状況で、雑用があるからとっととしろ、なんて求めはないだろう普通。
しかしそれならそれで、やりやすいこともある。

「ならマニー、早く終わらせる邪魔はしないよな?汚したくなかったら脱げ」

スーツのパンツをさして言った。

「ここで?下をか?」
「ここで。下をだ。上も脱ぎたいんなら止めないけどな、早くするんだろ」

自ら要求した手前、文句も言いにくいようで。マニーはぐっと歯噛みしてからベルトをはずし、下着ごとボトムを蹴飛ばした。上半身に白いワイシャツのみをひっかけた姿は全裸よりかえって卑猥に見えるのだが、そうだとわざわざ知らせたりはしない。

「これで、いいんだろ」
「ああ。上等」

芯を持ちはじめている中心はあえてとび越し、ももの内側に触れた。手の下で筋肉がかたくなったが、クリームを足して撫でているからそこは蕩けだしたように見える。
キッチンの明かりのもとにあるせいか。人目にはさらされないその無防備な部位を、美味そうだと自然に思った。屈みこんで首をかたむけ、かじりつく。

「やめ、っ」

びくんとマニーはかかとを浮かせた。支えをほしがった指に髪が絡まり、引っぱられる。脚を閉じたいらしいが内股にディエゴの頭があって叶わないのだった。
いくつかついた歯形を詫びるつもりで唇をつけ、それでは足りなくてきつく吸う。膝を押さえると、震えがじかに伝わってきた。味覚や嗅覚が麻痺したかのように砂糖の味や匂いすら不快ではなくなっていた。
流し台にもたれて立っているのがやっとのマニーは全身をこわばらせている。感じているのは間違いないのだが、しかし性器へと及ばない愛撫は彼の理性を散らしてくれないらしい。ディエゴを見下ろす瞳は、快感より羞恥で濡れていた。

「マニー。回れ右」
「…………ぇ、なんだ」
「俺に背中むけて、そっちにひじ置け」

口もとを拭って立ち上がり、不安そうな様子には気づかないそぶりで促した。ふらりと体を反転させたマニー、その腰を強くつかみ寄せる。

「うわ、ちょ、ディエゴ!」

腰をつきだすような格好はさすがに抵抗があるようで、非難があがる。嫌そうにふり返られても、特に罪悪感といったものはわかない。ただ目の前の、前かがみになっている背中がむき出しではないこと。シャツの布地で覆われたままなのはもったいなかったかと、そんなことを思うくらいだ。

「あし、閉じろ」

味わっていた内側とは反対側を押さえつけ、下肢が交差するようぴったりとくっつける。ディエゴは前をくつろげた。

「お、おまえ……なにを」

怖気づいた声だって知らない。
生クリームと自身の唾液でぬめった皮膚を、ディエゴは勃ちあがったもので割りひらいた。

「……!?」

ひ、とひきつれた呼吸音。異様な感触に耐えるためか、マニーは背を丸める。

「おい、脚の力ぬくなって。このまま」

注意してから腰を引き、またゆっくりと前へ体重をかけた。ぐちゃりと熱がこすれる。脂肪のすくない男の太ももは軟らかすぎず、ものをしごくには具合よかった。
無理に行き来するたびつっぱる背すじ。素肌へ直接触れてやれないかわり、せめてしっかりと抱きしめる。表情は見えずとも真っ赤な耳だけで十分だ。
突き入れる角度を変えると、押し殺した悲鳴が転がった。
泡立ちを失くしたクリームの潤みとディエゴの腺液で摩擦は徐々にスムーズになり、快感のみを与えてくる。

「……は…………思ったより、イイな……これ」
「ディエゴ……!」

餓えを満たしたい。
その一心でマニーを揺さぶり続け、あってないような隙間を前後する。
粘液がこねられる淫猥な音へ意識を束ね、混じりけのない愉悦をとりこぼしなく貪る。膨張するものを塞き止めることはせず、やがてディエゴは熟れきった腿の合間で精を吐いた。

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