「シド、ディエゴ!見てくれよこれっ」

喜色満面でマニーが差し出してきた画用紙を、両人は言われた通りまじまじ見つめる。紙いっぱいに描かれたのは人間の顔であり、モデルがマニーだということは髪の毛に使われた茶色のクレヨンからもよく判った。

「上手じゃん。ピーチが描いたんだよね?」
「そう!もうすぐ父の日だからな」
「ああ。なるほど」

この春から通っている幼稚園で作ったものだろう。似顔絵の画用紙は一回り大きなグリーンの色紙に貼り付けられ、上部にピンクのリボンを結ばれて、プレゼントとしての体裁を整えられていた。

「でもさ、マニーのだけ?オレは?オレの似顔絵はないの?」
「父の日って言ってんだろうが」
「オレだって父親みたいなもんじゃんよ!」

なにが父親だお前はせいぜい遊び道具その@だろ――と予想された皮肉だが、返ってくることはない。二人の会話など耳にも入らないようで、マニーはうっとりと愛娘の贈り物に見入っている。わざわざこちらのアパートまで披露しに来るくらいだ。よっぽど嬉しかったらしい。

「あの子も大きくなったなぁ……」

どれほどの想いがこめられているのか、しみじみ呟くマニーにディエゴも頷く。それこそ生まれたときからすぐ近くで成長を見守ってきた。父親には敵わないかもしれないが、同じように感慨深い。
シドだけは機嫌を損ねてむくれている。

「ニコニコしちゃってるけどさー。覚悟はしといた方がいいよ」
「ん?」
「覚悟?」
「そうだよ。今は可愛くて素直なピーチだってさ、あと十年もしてみなよ?『パパなんて嫌いっ!ウザいからあっち行って!』とか!『洗濯物は別々にして!』とか!言い出すに決まってるんだから!」

身構えてしまったディエゴは、ピーチとは似ても似つかないシドの裏声に脱力した。

「何を言い出すかと思えば…。アホかお前」

全員が全員そうなるわけでもあるまいし、全くむちゃくちゃな負け惜しみにしか聞こえない。
しかし、当の父親は違っていた。

「…きらい…?きら……ら――」
「え、マニー?」
「――…そうだよな大好きなんて言ってもらえるのは今のうちだけだよな女の子には父親なんて鬱陶しがられるもんだよな損だよなぁ男親は」
「ままままにー!?ご、ごめん!オイラが悪かった!冗談だよいつまでもピーチは素直ないい子だよ!」
「うんでも娘が大切な気持ちはぜったいに変わらないぞだけど私は産まれるときに立ち会ってもやれなかったんだよなべつにディエゴを羨んでるわけじゃないがそれに」
「マニー!やめて!めそめそしないで!壁向いてぶつぶつ言わないで!すみっこで体育座りしないでぇ!」

晴れ晴れした笑顔だったのが嘘のようにどんより影を背負いだすマニーと、あたふたしているシド。立ち直らせるのには時間がかかりそうだ。

「……。エリーたち、呼んでくるか」

子供は日々めざましく育っているのに、自分たちはどうも成長していないようだ。変わらないことは必ずしも悪いことではないが、ディエゴの心境は少しばかり複雑だった。