学校休みだからもっと寝ていたいのに、下半身の圧迫感がそれを許そうとしてくれない。オレにのっかっているモノの正体を知るべく、嫌々ながらまぶたを上げた。

「おはよ。シドニー」

ここにいるのが当たり前なのよとばかりに挨拶して、にっこりするのは幼なじみだった。
すごいいい笑顔。

「おはよ……男に馬乗りになるのはやめといたほうがいいよ。特にベッドの上では」

穿いてるの短いスカートだから。かろうじて見えないけど、かなりきわどいアングルだから。
そのあたりを見つめてると誤解されそうなので視線を上へずらす。大きく開いた襟ぐり、セットにめちゃくちゃ時間かかってそうな髪と、いつもより余計にきらきらしている目元。
はっきりした頭で観察すれば、すぐわかる。シルビアはあからさまにおしゃれをしていた。

「デートにでも行くの?」
「そうよ。あなたとね」

そっかそっか、キミもやっと男を作ってくれたかぁ――と喜びを噛みしめたのも儚いまぼろし。

「……オレと?」
「そう。ねぇ、今日あたしの誕生日。まさか、まっさか忘れてないわよね?」

忘れてた。ぜんぜんさっぱりすっかり忘れてた。
しかしここで忘れてましたと正直に告白したら、今日という日がシルビアの誕生日兼オイラの命日になりかねない。

「覚えてた!覚えてたよもちろん!」
「うん当然よね。だけどデートの約束は忘れてたわけよね?ずっと楽しみにしてたんだけど、あたし」
「……ごめんなさい。……ずっと?いつ約束したんだっけ?まさか去年?」
「ううん。ニ年前。忙しいけど再来年くらいになら二人きりで過ごせるかも〜って言ってたじゃない?シド」

自分でもちょっと呆れてしまった。その場しのぎの繰り返しで生きてるよなぁ我ながら。シルビアの方も、そういう執念をもっと別の分野で生かせないもんなのかなぁ。

「どうせそんなことだろうと思ったから、ここまで迎えにきてあげたのよ。お願いして入れてもらうのイヤだったけど」

彼女はオレ以外のこの家の住人が嫌いだから、ここへはめったに寄りつこうとしない。不服そうな顔をされるとさすがに申し訳ない気がしてくる。

「わかった。じゃあさ。そろそろどいてくんない?」

頼んだとたん、シルビアは鬼の形相になった。

「なに?あたしが乗ってたら重いとでも言いたいわけ?」
「えぇ……?や、そうじゃなくて。それもあるけど。どいてくんないと出かける支度できないじゃん」
「あたしは重たくないわよ!そりゃ最近ちょっとだけ、ちょーっとだけ太っちゃったりしたけど!」

どうやら地雷を踏んじゃったみたいだ。興奮すると人の話がまったく耳に入らなくなるのはこの子の悪癖である。
この怒鳴り声、部屋の外にもぜったい聞こえてる。まずいなと思った。
とにかくシルビアを落ちつかせようとしたんだけど。それはちょっとばっかり手遅れだった。

「きゃ!?」

びくりとシルビアが振り向く。どんどんどんっと三回、部屋のドアが強く叩かれたのだ。
慣れたもんなのでオレは驚いたりしなかった。

「うるさいってさ。ママかな、今の叩き方は」
「な、なによ!?うるさいならうるさいって、直接言えばいいじゃないっ」

びっくりしちゃったことが悔しいみたいで、幼なじみは挑むような口調で毒づく。ぼそぼそと女の子が言っちゃいけないようなことも口走ってた気がするけどそれは聞かなかったことにしとこう。オレの「家族」と直接対決だけは勘弁してくれって、これだけは守ってもらっているので。

「ああ、もう。早く大人になりたいわ」

この体勢でそのセリフはまずい。誕生日の記念にとかいって求められたらどうしようオレ?どうやっても死亡エンド行きな予感だ。

「ちょっと?いま変なこと考えたでしょ」

シルビアはたまにエスパーみたいである。

「大人になって、あたしがシドを養ってあげるのよ」
「オレが養ってもらうの?」

オレだってヒモ状態を歓迎するほどは怠け者じゃないんですけど。もちろんシルビアは聞いちゃいない。女優みたいに、胸の前で両手を組む。

「あたしとシドニー、二人でね。ここから脱出するの!手に手を取って!」

脱出は大げさだ。この小部屋は夏は暑くて冬は寒いけど、日当たりが悪くてもう少しすると光が入ってこなくなるけど、だからってここは牢屋じゃない。オレはいつだってここから出て行ける――両親たちは、厄介者に早く家を出てほしがってる。

「あぁでも、今日は特別なんだから。ちゃんとあたしをエスコートしてよね?」

やっとオレの上から降りて、まるでガールフレンドみたいに幼なじみはのたまう。バイト代が出るのは来週だ。財布の中にお札は一枚もなかったりする。今日のところはケーキもプレゼントも無しの、安い逃避行になりそうだった。