(ブログ小ネタ用お題:こっち来て。……もっとこっち。…もっと。 より)

意外と……でもないのかもしれないが、シーラは料理が不得手らしく、いつからかエリーに教えをこうようになっていた。
その夕方もポトフが煮えるのを待ちながら、ダイニングテーブルで茶飲み話に興じていた二人。エリーが席を立つタイミングを見計らったように、切り出したのはシーラだった。

「エリー。ディエゴとあなたの旦那さんたちって、仲がよすぎないかしら」

鍋の中をのぞきこみ、火をとめてふたをして、エリーはのんびりと相づちを打つ。

「そう?」
「そうよ!だってあの人、休みに部屋にいないと思えばだいたいこの家かシドのところにいるのよ?なんだか、べったりしすぎじゃないかって」

たしかに、ディエゴを昼食や夕食に招くことは頻繁にある。来れるときはいつでもぜひ、と言ってあるのだ。ディエゴだけじゃなく、それはシドやシーラにも同じようにしている。時間を過ごすなら一人より二人、三人四人、みんな一緒のほうが楽しいではないか。
自身でも気持ちをもて余しているようで、すねているような困っているようなシーラの横顔を、微笑ましげにエリーは流し見た。キッチンから戻り、友人のとなりに腰かける。

「ふふ。シーラ、妬いてるんだ」
「そんなんじゃないわよ」

エリーは否定を黙殺し、青い瞳をのぞきこんだ。

「ねぇ、おかえしにわたしたちも仲良くしたらどうかしら?」

ボートネックのシャツがさらす華奢な鎖骨を、同じく華奢な指先がつうと撫でる。優しく、それでいて蠱惑的な動きだった。

「エリー……」

シーラは息をこぼす。

「……そうね。それも、いいかもしれない」

いっそ穏やかに二人は微笑みあった。
膝頭がぶつかるほど距離が間近になったからだろうか、空気がじりじりと薄くなっている気がする。ひと呼吸ごとに体が火照っていくようだ。

「こっち来て。……もっとこっち。…もっと」

シーラがエリーのあごに触れた。自然、ふたりはまぶたを閉じ、ついに互いの唇がふれあい――。


「――っっっってなとこで起きちゃったんだよねー!いいとこだったのに!超いい夢だったのに!」

心から残念そうに頭をかかえるシド。話を聞かされていたマニーとディエゴは、げんなりして見つめた。

「……どこがいい夢だよ。なんでまたそんな悪夢を見たんだろうな、おまえ?」
「うん、たぶん先週みたレズもののAぶ」
「あぁぁー!やめろそれ生々しい!これ以上くわしく言ったらはったおすからな!」

質問者をさしおいてマニーが横から制止する。おそらく今回は本当に張り倒されるパターンなので、シドははぁい、と素直に従った。
夕飯の準備で忙しそうだが、目と鼻の先に当の女性ふたりがいるためでもある。
口直しとばかりにリモコンを手に取りテレビをつけるディエゴ。マニーは彼女らが立つ台所のほうへ、じいと目を向けていた。

「どしたのマニー?」

この愛妻家が何を思っているのか、好奇心を隠すシドではない。

「ん。いや。シーラも美形だからな……。きれいな絵面になるんだろうと思って」
「おいマニー?」

聞きつけたディエゴが驚いた様子でふり返る。しかしマニーはまじめな面持ちであり、恥ずべき下劣な妄想をしているようには見えなかった。
彼なりにその光景を夢想した結果として、美術作品を鑑賞するような気分にさせられたのかもしれない。どちらにしろずいぶんズレた感想には違いないが。
シドはにやにやと笑みを浮かべた。

「そっかそっかぁ。マニーは、男優はいらねーってタイプなんだ?」
「は?男優?……っち、ちがう!バカ!そこからはもう離れろよ!」
「あーなるほどな、そりゃ分からなくもない」
「だからそんな話をしてるんじゃないっての!」

シドに乗っかってマニーを笑ったディエゴの頭上から、彼らのものでない声がした。

「ひとを猥談のタネにしないでもらえるかしら」

ぎくりとソファの三人は頭を上げる。
台所にいるはずのエリーとシーラが並んでいた。

「き、聞いてたのか?」
「まあね」
「き、君もかエリー?その、私たちはただ、君らが女同士で仲がいいのはすばらしいことだと話してて!な!?ディエゴ!?」
「お、おう。だな」
「もういいから。みんな、ご飯できたわよ。むこうに座って?」

二対の視線はちょっと冷たいが別段ご立腹ではないらしく、二人してさっさとキッチンへ身をひるがえして行く。マニーもディエゴも、もちろんシドも、安心して立ち上がった。食卓にあたたかな夕食が用意されている。

「…………でもわたし、冗談じゃなくあなたならいけそう」

和やかだった空気は、シーラのそのつぶやきで易々と凍りついた。
空気のみじゃない。グラスを出そうと動いたマニーも席に座ろうとしたディエゴも、固まった。

「シーラったら……でも、うん。わたしもそう思ったの」

艶然と笑いあい、視線を交しあうふたり。彼女らを取り巻く空気だけ密度が濃くなっていくような感覚。 蚊帳の外でシドは目を輝かせたが、青ざめている他二名はそうもいかない。
絡み合う視線を断ち切るよう間に割りこみ、がばとエリーとシーラを遠ざけた彼らは素早かった。さながら反発しあう磁石のような動きだった。

「エリー、私が間違ってた。やっぱりあんまり仲がよすぎるのはよくない!不健全だ!」
「あいつの言う通りだ。適度に距離は保つべきだよな!シーラ!」

ひとり静かにテーブルについて、シドはもそもそと大皿のサラダを取り分け始めた。
空腹を訴えたって、マニーもディエゴも目の色変わってない?っていうか瞳孔開いてない?と指摘したって、とばっちりを食うだけなのはさすがによーく分かっていた。本気でエリーたちが目覚めちゃったらヤバいなぁという罪悪感も、なくはなかった。