マニーとその恋人はちょくちょくけんかをする。両者とも同じく頑固であるので長期戦にもなりやすい。本人だって参っているのだろうが、割りを食う同居人にしてみればたまったものじゃなかった。いっそ周囲に当り散らしでもしてくれれば真っ向から不平をぶつけ返せるものの、極端に口数が減るだなんて一番始末が悪い。
今日も家主の自主的な発言は「ただいま」「いただきます」「ごちそうさま」のみ。あとはせいぜい話しをふられて「ああ」か「うん」と相槌を打つか、問いかけには最低限答えるか。
居心地の悪い食卓を離れるのもマニーが一番早かった。

「いい、俺がやっとく」

食器を洗いにかかった動作を認め、ディエゴが止めた。

「…悪いな」

自主的な発言四つめ。リビングを出ていく姿を横目にカウントしてから眉根を寄せ、シドは食器をキッチンカウンターへ載せていく。こんなときでも出した食事は残さず片付けてくれるから助かるけれど、作り手としてはおいしそうに食べてくれる状態に早く戻ってほしい。

「今度はいつ仲直りしてくれるんだろうね?」
「このままだとまだ当分続くな。さっさと謝っちまえばいいんだよ」

シャツの袖を捲り捲り、ディエゴはあっさり言い放った。

「うわディエゴ、そんな事なかれ主義なんだ?知らなかった」

外見からは大胆不敵な印象すら受けるのに、むしろディエゴは安全主義だ。わざとらしく驚いてみせたせいか「事なかれ主義」が持つ消極的な響きのせいか、不服そうな顔をする。

「……ごめんの一言で済むなら、そうすりゃいい」

呟き、手元に下ろされた視線。食器洗いへ集中するのに見せかけ表情を隠そうとしたのだと、しかしシドには判ってしまう。

「そりゃーそうだよねえ」

元来素直な性格である。あっさりディエゴに意見を一致させ、両ひじを使って頬杖をついた。片づいたテーブルは気持ちがいい。

「ひとに向けるエネルギーがさ、あれだけあるってすごいよな」

あんなふうに怒ったり意固地になったりそれを続けたり、オレには無理。
言わずともディエゴは期待の通り、そこまで読み取ってくれたはずだ。良くも悪くもマニーがそんなエネルギーに溢れていたおかげで、シドとディエゴもこうしてこの家に住んでいる。

「けんかしたことある?」
「無いように見えるか?」
「殴り合いのやつじゃなくてだよ。痴話げんか。ある?」

椅子の下で両足をぶらぶらさせて返事を待つ。答えはない。

「怒らせて、けんかはしたくないから謝ったら、逆にもっと怒られたこととか。ない?オレはあるよ。何度も」

水仕事を終えたディエゴはタオルで手を拭き食洗機のスイッチを押し、コーヒーを淹れる。
そうそう。洗った食器は乾燥だけさせちゃってね。やっぱりそういう経験あるんだね。
時に沈黙は、多言よりよほど雄弁だ。シドは向かいに座ったディエゴからカップを受け取り、ひらめいた。

「けんかしてみる?こっちも」

すすったホットコーヒーは熱く濃く苦い。

「もう、砂糖とミルクも入れてくれなきゃ!」
「自分で入れろ」
「けち」

席を立ち、所定の引き出しから取り出したスティックシュガーを投入する。溶け残ることの無いよう先にかき混ぜ、牛乳を注いだ。

「お前になら向けてやるよ」

ぼそりとディエゴが呟いた。聞き落としかねない、もしくはそう狙ったかのような音量だったが、みすみす狙い通りにはなってやらない。

「なにを?」

ほどよい甘さとまろやかさが加わったカップを手に、再び正面の椅子を引く。

「エネルギーってやつ」

なにげない調子だった。けれどコーヒーを飲み下す仕草が照れている。こちらの方まで照れくさくなり応答に窮しているあいだ、二階から階段を駆け降りてくる足音がする。部屋着ではない服に着替えたマニーが廊下から顔を出した。

「出かけんの?」
「いや、ああ、あまり遅くはならないように帰る」
「エリーだろ。連絡あったのか」

あんまり面映ゆそうにするものだから、つい二人して微笑ましくなり玄関先まで見送ってしまった。これでやっとまた楽しく食事ができそうだ。
居間に戻ってすすったコーヒーはすっかり冷めていたが晴れやかに濃く、甘い。

「…そっか。けんかすれば仲直りができるんだよな」

ひとりごとを聞きつけたディエゴは、不吉なものを見るみたいな顔をした。