「たっだいまー!なーマニー、ディエゴー」
「おかえり。それ以上言わなくていい。どうせ豆がまきたいとか言い出すんだろ」
「いいかげんワンパターンなんだよな」

朝早くから働いてきたことを感じさせない元気の良さでリビングに入ったシドだが、迎えた反応は何ともすげない。マニーはノートパソコンから目も上げないし、ディエゴなんかおかえりも言ってくれなかった。

「違うよ。豆まきなんてもう古い!今のトレンドはこれだぜっ、恵方巻き!!」

日当より嬉しい土産をどすんとダイニングテーブルに置いても、やはり彼らの表情はぱっとしない。前々からシドは思っているのだが、この二人はもっと積極的に「喜」と「楽」を表現するべきだ。

「はぁ…やたら早く出かけたのはこのためか」
「バイトだよ?今日は忙しくなるから応援頼まれたんだ」
「これを作る?」
「うん。巻いたのはオレじゃなくて、慣れたおばちゃんとかだけど。これもおばちゃんたちがくれたんだ!ほら、のりが破れちゃって売り物にならないから。もってってーって」

パックに三本、傷物とはいえ具材は商品そのままが使われている立派な太巻きだ。長さは二十センチ、幅は五センチほどもあるだろうか。ソファから寄ってきたディエゴは見るなり食欲が減退したらしい。

「あー…俺はこういうのは」
「ヒレカツ巻きなんてのもあるけど?」
「食う」
「……。私は普通のでいいぞ」

自称台所の主は伊達じゃない。もちろんそれぞれの好みくらい把握している。
シンクで手を洗ってから、そそくさとシドはのり巻きを全員に行き渡らせた。

「でね。これが一番大事なんだけど、恵方巻きは願い事をしながら、無言で!食いきらなきゃいけない!」
「え?切るんじゃないのか?このまま?」
「そう。切っちゃダメ喋っちゃダメ。さもないと願いは叶わないし、今年一年ずーっと不幸に過ごすことになる」
「そ、そんな重大イベントだったか節分」
「誇張が入ってんだろ」
「あぁ!もひとつ大事なことを忘れてた!あとはこれ、恵方を向いて食わないと」

太巻きを片手にひそひそ話す二人の側を再び離れ、バッグから方位磁石を取り出してくる。
シド一人だけが慌しい。

「準備いいなぁ」
「お客さんに配ってたやつオレも貰ったんだ。えっと、今年の恵方は西南西だって」

驚くマニーに説明しつつ、盤面に目を注ぐ。ゆらゆら振れていた針は、やがて動きを落ち着かせた。

「よし、西南西はあっち。ほら向こう!」

三人揃って椅子を動かし、三人揃って有らぬ方を向く。ついでに三人揃って手にしているのはのり巻きである。

「なんだこの状況……」
「……アホくさ」
「ぶつくさ言わない!じゃあ食うよ?喋っちゃだめだよ?はい!スタートっ」

ほとんど動いていないにも関わらず、マニーとディエゴは疲れたように目を伏せていた。



ずずと緑茶をすすり、シドはしきりにため息をつく。先ほどまでのテンションは今や見る影も無い。

「…やっぱり豆まきにすればよかった……地味だったよ…つまんねーよぅ……」
「豆まきはどうでもいいが、恵方巻きは半分でいい。後半きつくて、早く食べきりたいって願ってたからな…。それが叶ったわけか?」
「俺は半分っつうか、ヒレカツだけでよかった」
「そりゃ恵方巻きでもなんでもないだろディエゴ」
「はぁ。なんかすげぇ残念。もっと楽しいかと思ったのに」

がっかりするシドはむしろこの行事にどんな期待をしていたのか。マニーにもディエゴにも、さっぱり理解できなかった。 しかしシドが落ち込んでいる姿は面白くない。これは確かだ。

「シド。来年があるだろう?」
「へ、来年?」
「だな。来年は豆まきゃいい」
「あ…うん!だよな。……来年」

一年後もみんな一緒に居られたら嬉しい。さっそく願い事が叶ったのかもしれない。
来年の約束だなんて、追い払えなかった鬼は笑うかもしれないが。