陽が傾き風が出てきて、つらい夏日もようやく落ち着いてくれるようだ。涼しくなるのを待ちかねて散歩を始めたらしいペットのリードを引く人々とも、より頻繁にすれ違う。

「へえ、ハスキーだ」

帰宅の道すがらマニーの興味をひいたのは精悍な顔つきの大型犬だった。応じてシドとディエゴも視線をやる。

「ほんとだ。この辺に住んでる人のかな?」

飼い主はそばの商店で買い物をしているのだろう。歩道と駐輪場を隔てる車止めのポールに、件のシベリアン・ハスキーは一頭だけで繋がれている。行儀よく「おすわり」の姿勢をとっていたが、率先して近寄ってきたシドを認めて尾を上下させた。狼のような見かけに反し、友好的な態度といえる。

「けっこう人懐っこいんだね、触っても大丈夫っぽい」
「ああ。おまえよりずっと賢そうだ」
「失礼だなぁもう!」

――生意気なツラ。
というのがディエゴの忌憚なき第一印象。楽しげな場に水を差すつもりはないので黙ったまま二人を待つ。シドに耳の間をわしわしと撫でられ、犬はいささか迷惑そうな表情に見えた。

「いいなー犬。うちで飼いたいなー」
「世話ができないだろう」
「オレたち三人いるんだからできるよ。飼うならどんなのにする?ちっちゃいのが可愛いかな」
「そうだなぁ。小さくなくても構わないが、無駄吠えするようなのはごめんだな。シドみたいに」
「むう……。ディエゴ!ディエゴはどう?」

ふくれたシドが、質問先を変えてきた。

「世話なんかしないぞ俺は」
「あれ。犬きらいだった?」
「好きではない」

特にこの犬種は、どうも。見下ろしていると敵愾心すらわき上がってくるのだ。
そんなディエゴのむかつきなどどこ吹く風で、シドに代わってマニーに首元をくすぐられた大型犬は気持ちよさそうにしている。

「アレルギー持ちとか?」
「いいや」
「噛まれたことでもあるんじゃ…。ない……よな」
「まさか」
「へんなのー」

もっと撫でてくれとばかりに、ハスキーは動きをとめた人間の手をぺろぺろと舐めた。

「こら、よせって」

マニーがくすぐったそうにする。
わき上がっていた敵愾心に火がつくのを、ディエゴははっきり自覚した。

「よーしいい子だなぁおまえは。やっぱり悪くないかもな。犬を飼うのも」
「えぇ、マジで?」
「マジで。可愛くて利口な犬を飼ったら世話の焼けるシドはいらないから、段ボール箱に入れて道端に置いとくんだ」
「捨てられちゃうのオレ!」
「はは。なぁディエゴ、そのほうが……うわ?」

上機嫌なマニーの肩を突如として抱き寄せる。よろけていい位置にきた耳元を、べろり、思いっきり舐めあげてやった。

「!!??」

怒鳴り散らされるのも覚悟の上だったが、その驚きは声にならない。舐められた耳をおさえて、マニーはこちらから距離をとる。

「ど……どういうつもりだ?」
「もう行こうぜマニー。どっか舐めてほしいんなら、俺に頼めよ」
「いつ私が言った。舐めてほしいなんて言った」
「オイラに頼んでくれてもいいよ?そっか、マニーが欲しいのって犬は犬でもバタ…あぶっ!痛いっ!」

未だ飼い主の戻らないハスキー犬は、別れを惜しむようにくすんと鼻をならしていた。