どいてくれないか、

ブラウンの双眸を細めたマニーは自分に覆い被さる男へ、それはいっそ場違いな程至極穏やかに声をかけた。

「俺が怖いか、マニー」
「お前のことは怖くもないし、嫌いでもない」

ディエゴの獣じみた犬歯を見つめながら紡がれた言葉には、確かに嘘偽りは一片も存在しなかった。

フローリングの硬い感触。身震いしそうになりながらも辛抱強く見上げた金色の瞳には、
ちらちらと冷たい炎が灯っているようで、しかしそれすらもマニーには恐れるべきものとは思えない。

「嫌いでもない、か。俺は好きだぜ、お前が」
「………なぁ、ディエゴ」

シドがもうじき帰ってくる――継ごうとした言葉は端正な顔が接近してきた驚きと焦りで、口にすることができなかった。

「お、おい!!」

自分のものより幾分か薄いディエゴの肩を慌てて押し返そうとするが、不利な体勢と予想以上に強い力のため抵抗が思うようにいかない。
互いの鼻先が触れあいそうになり、観念したマニーがぎゅっと目を瞑った瞬間、家中に間の抜けたチャイムの音が鳴り響いた。

「タイムアップだな」
「…シ……シド……」

潔くあっさり体を離して立ち上がったディエゴを、フローリングに転がったままでマニーは見上げる。
とても暫く立ち上がれそうにない。
そんな彼の心中を知ってか知らずか、微笑んだディエゴはゆっくりと玄関へ歩を進めるのだった。