「なぁマニー、爪切りある?」

ディエゴと入れ替わりに風呂場を出て、シドはリビングにいたマニーへ声をかけた。 髪を拭きつつ彼の横に座る。ドライヤーもあるのだが、面倒なのでほとんど使うことはない。

「爪切りならそこの引き出しに…う、それで料理してたのかお前?」

新聞から顔を上げ、シドの指先を見たマニーが露骨に嫌な顔をする。

「ごめーん。彼女がいるときは気をつけるけど、最近ご無沙汰だからさぁ。引き出しね」

淋しく首を振って立ち上がり、シドは件の引き出しの前へ行く。開けてみると文房具をはじめ様々な小物が几帳面に区分けして収納されていた。

「……」

その中を物色するあいだ。マニーがふと自身の腿をさするのを、シドは視界の端で捉えた。


そうして爪切りはほどなく探し当てられた。さっそくシドは先ほどの定位置に戻って腰を下ろし、ローテーブルに適当なチラシを広げる。

「シド。爪切り、使ったら貸してくれ」

新聞に視線を注いだまま、隣でマニーがぼそりと言った。

「え?マニーの爪全然伸びてないじゃん。それ以上切ったら深爪になるでしょ」
「う、うるさいな、いいから」

今度は急に新聞を折りたたみ出す。指先をこちらから見えなくするための行動らしいが、見られてから隠したって意味がないのに。
いいけどさぁ。呟き、丁寧に爪を切る。親指から小指へ。親指から薬指へ。

「……ああ」

あとは右手の小指一本を残すのみになったところで、シドはようやく合点が行った。

「そっか。ディエゴに使わせるんだ?」
「!!?」

ごとん。マニーがそわそわと手にしたテレビのリモコンが落下する。

「…ナンデソウナルンダ」
「そっちこそ、何でカタコトなのさ……」

まったくマニーはいろいろな面において頼りになるやつだが、それでも家事と嘘の巧さで競えばシドが完勝できるに違いない。

「え。もしかして気づかれてないと思ってたの?」

それは完全な追い討ちになってしまったようだ。カタコトですら言語を操れなくなったマニーは、口をぱくぱくさせている。

「シド?マニー?どうした」

ディエゴは三人の中でも一番入浴時間が短い。早々とリビングに足を踏み入れるなりただならぬマニーの様子を察知した彼を、シドは恨めしく一瞥した。

「えーと。なんかごめんマニー。風呂にでも入ってきたら」

力なく立ち上がってリビングを出ていくマニーを心配げに、座ったまま残る小指の爪を切りにかかったシドを不審げに、ディエゴは観察する。

「どうしたんだ」
「べつに。たぶん、ディエゴのせい」
「俺のせい?」

処理し終わった爪の切れ端は包んだチラシごと捨てて、シドは爪切りをディエゴに差し出した。

「ディエゴにも使わせろってさ」
「マニーが?……そうか」

驚いたふうでもなく、事もなげにそれを受け取る。マニーとあまりの反応の落差にいくらか拍子抜けしつつソファに戻ったシドへ、ディエゴは意地悪い笑顔で訊ねた。

「わざと伸びたままにしてあるんだったらどうだ?」
「悪趣味。爪ならオイラは立てられる方が好みだし」
「あいつがすると思うか」

ちょっと考える。そう言われてみれば、マニーなら心理的にも物理的にも他人を傷つけるのは避けようとするんじゃないか、そんな気がする。いくら余裕がなくても。いくらセックスの真っ最中でも。
むしろ痛かろうがひたすら精一杯ひとりで我慢してそうな、

「シド」
「え?あーごめん、ついちょっと想像しちゃったっていうか」
「やめろ」

自分できっかけを作ったくせに、ディエゴはドスを利かせて言うのだった。