「オレも子ども欲しいなー」

食器を洗いながらキッチンカウンター越しにテレビを見ていたシドの発言。きっかけはおそらく何かしら、子役の目立つCMだった。夕食後にありせっかく和やかに動いていた指先と思考が停止する。

「ガキがガキを育てられるかバカ」

そんなマニーの前からディエゴが、けんもほろろに言い放つ。シドは口を尖らせた。

「失礼な。ほら、マニーはそう思わないってさ」
「違う!呆れて声も出なかったんだ。ディエゴが言いたいことは言ってくれたしな……そうだ。たしか結婚願望は無いとか豪語してただろうお前?どういう心境の変化だ?」
「へえ。そんなこと言ってたのか」

マニーは訝しげに眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、ディエゴは面白そうにテーブルへ身を乗り出す。

「べつに心境は変化してないよ。結婚したいんじゃなくて子どもが欲しいの。あ、テーブル拭いてディエゴー」
「ああ、…シド、もっと固くしぼれよこれ」

――それとこれはほぼ同義じゃないのか?
布巾を投げ渡されたディエゴが流し台の方へ回る動きを見ながらマニーは思った。自分とシドの価値観は、わりと頻繁に食い違う。
つっこみたかったが別の話題が挟まったせいで、なんとなくタイミングも流れてしまった。

「おーすげぇディエゴ。やっぱ力が違うのかな?」
「お前のやり方が下手なんだ」
「あ、わかった!オレさ、子どもは欲しいけどお父さんじゃなくて、お母さんになりたいのかもしんない!うん。なんか納得!」
「人の話を聞け自己完結するな」
「とにかく。こうなったらマニーをお父さんにしてあげてもいいよ」
「身に余る光栄だな。丁重にお断り申し上げる」
「じゃあディエゴ…は夫より愛人にしたいかんじだよなぁ」
「馬鹿にしてんのかテメェは」
「どうせなら三人は欲しいな〜三つ子ちゃんとか可愛いよなぁ。男の子がいい?女の子がいい?」
「だから人の話しを聞けってんだよ」

依然わいわいと騒ぐシドたちから、ノートパソコンのディスプレイへとマニーは意識を引き戻す。不毛な雑談も結構だが今は終わらせておくべき仕事があるのだ。氷が溶けて分離しかけたミルク入りのアイスコーヒーを、からから揺する。

「二人とも冷たくねー!?なんだよ、子どもができるようなことはしてんのにさぁ!!」

ぼとりとディエゴが濡れ布巾を落とした向こう。ごふ、とマニーは口に含もうとしたコーヒーを噴き出していた。