置きっぱなしだった鞄を取りにリビングへ降りると、シドとディエゴがテーブル上に顔をつき合わせ話していた。

「いいところに!マニーも一緒にこれ見て選んでよ」
「あ、おい」
「これ?」

ディエゴがシドを止めたそうなそぶりをしたのが気になるが、二人が熱心に眺めていたもの――薄めの雑誌か何からしい――を確かめたいという好奇心の方がずっと強い。持ち上げられたそれを覗きこみ、マニーは我が目を疑った。

「お前たち。これ、選んで、って……」

表紙を確認したことで恐ろしい疑惑は恐ろしい確信に変わる。
ページに並ぶは半裸の女性モデル、表紙を飾るは華やか且つ繊細な美しいレースの群れ、この冊子は俗に
ランジェリーとかいうもののカタログではなかろうか。

「………………」
「はいそこ無言でドン引きしない。せめていつもの感じでつっこんでくれなきゃ」
「――そんな趣味があるとは存じ上げなかった。いや。理解はできないが否定もしない。これを見てるってことは新品を買うってことだからな。だが、万が一誰かが使用中のものを欲しくなったら私に言え。殴ってでも止めてやるから、」
「落ち着け。誤解だ。どういう発想してやがる」
「そう誤解。オレらにブラジャーつけて喜ぶ趣味はありませんので冷静にお願いします」

口々に否定され手からカタログを奪い取られても動揺は治まらない。根本的な疑念は依然、重く残ったままなのだ。

「じゃあどうしてこんなものを見てた。なにを、誰のものを、選ぶんだ」

臨戦体勢も兼ね、マニーはディエゴの隣に腰を下ろす。向かいのシドは疲れたようなため息を吐いた。

「大したことじゃないよ。シルビアの誕生日がもうすぐだからさ。欲しいもの訊いたら下着が欲しいって、これ渡されたの。ここから選べって」
「安物は買うなってことだろ。要するに」

二人の説明を受け、再びマニーは返事もせずに口をつぐんだ。

「マニー?聞いてた?」
「……シド。一つ、確認していいか」
「うん」
「前にも訊いたがお前とシルビア、付き合ってるわけじゃないんだよな」
「付き合ってないって。どうしてオレがよりにもよってシルビアと」

―――いくら本人の希望でも男が女性に下着をプレゼントするなんてことは普通なのか?ましてや恋人というわけでもない女性にだぞ?そもそもシドはこれを一人で買いに行くつもりか!?頼まれたって絶対に付いていったりしてやらないが?!

「なぁ…ディエゴ?お前は、これを普通だと思うか」

完全にマニー自身が持つ常識の範疇は超えている。どんより曇っているだろう目を向ければ、びくりとディエゴはたじろいだように見えた。

「ふ、普通じゃないよな。俺はこいつに頼まれたから仕方なく付き合ってやってただけで」
「よく言うよ。『黒がいい』ってノリノリだったくせに」
「…………へえ」

お前もかという落胆とあっさり嗜好を暴露されたことへ対するいくらかの憐憫に、口元が生ぬるい笑みを形づくる。

「シドっ!?バカ!!」
「で、マニーは何色が好み?オレはやっぱピンクだなー。ほら、このリボンがくっついてるやつなんか可愛くない?…あ、この際着るのがシルビアって部分は無視でね」

おおディエゴが照れている珍しい。妙な感心をして気持ちが和みかけるも、嫌な質問をふられた。

「…特にない」
「えー?」
「好みなんて特にない!本人が好きな色でいいだろ!」
「また嘘つく。好みくらいあるでしょ、普通」
「だよな。普通はある。吐け」
「だ、だから特に」
「で?」
「何色?」

自分だけケガをする気はないらしいディエゴが加勢に入り、今度はマニーへたじろぐ番が回ってくる。
凄まじい無言のプレッシャー。生来押しに強い方ではない、つっぱる気概はあっさり殺がれた。

「………………白……かな」

不穏に光っていた二対の目が生ぬるく溶けていく。嫌な反応だった。

「…へえ」
「へえええええ〜」
「ステレオで相槌打つな。ニヤニヤするな。お前らほんっっとに腹立つな……!?」
「へへー面白いこと聞いちゃった。満足したからもう寝るね」
「俺もそうさせてもらう。おやすみ」
「は!?おい!プレゼント選ぶって話はどうなったんだ!おい!なんだそれ!!?」

* * * * *

シドは軟派マニーは硬派、ディエゴは柔軟だと思う。