(ブログ小ネタ用お題:ごめんっ!怒ってもいいけど聞いてくれ! より)

あのさびしげな横顔が、頭にこびりついて離れない。死を覚悟したとき見た、あのまなざしが忘れられない。
そばにいてやりたいと思ったのだ。
誠実な言葉とか気持ちのこもった笑みとか、あいつが俺に向けてくれるそんなものが、いちいち大事に感じて仕方ない。
もっと与えてほしいと思うのだ。
これは何か。得体の知れないこの欲求はどこから生じているのか。考えて考えて、その答えにたどり着く。
つまるところ、俺はマニーに惚れているらしい。
結論にいたるまで日を要したが、それを自覚した今後はどうするべきか、それを決めるのにもまた時間を使った。
なにしろまともな初恋ってやつさえあったかどうか定かじゃない。青春を謳歌せず人生を送ってくると、こんな弊害もあるようだった。
とにかくこれからどうするか――プロセスを考えて、実行していく腹を決める。俺の性に合っているのはこういうやりかただ。恋だの愛だの、そういうとらえどころのない何かについて考えるのは放棄した。

「……で、だ。どうすりゃものにできると思う?」

過程の始めとして、これまで一度も使ったことがない手段を試すことにした。すなわち「仲間に相談してみる」というやつだ。それにしてもシドを頼るなんて、俺も相当行き詰まっているらしい。

「ディエゴ。まず、モノにするって言い方は駄目じゃない?」

呆れたといわんばかりのツラでさっそく文句をつけられた。じゃあどんな言い方しろってんだ。

「言い方ってかさぁ……よっし。じゃあまず目的をはっきりさせようよ!ディエゴはさ、えぇっと。マニーと、両想いになりたいってことで?」
「両想い?」

背中がかゆくなる表現だ。

「ちがうの?恋愛相談じゃねーのこれ?なに、一回ヤれれば満足とか、そんな気持ちだったりすんの?」

ひと昔前だったらそんな選択もあったかもしれないが、そうじゃないから右往左往している。

「違う。それだけで満足するならここまで苦労してない」
「一回じゃいやなんだ。じゃあ、愛のあるエッチをしたいんだ」
「愛?いちいちかゆいんだよおまえ」
「だってオイラは愛の伝道師、シドさまだし!でも男同士でヤるって、その、後ろ使ったり?ディエゴ……やったことあんの……?」
「男を相手にしたことはない。そっちの趣味はないっての」
「ふーん、女相手ならあるんだ」
「まぁ。なぁ」

俺も若かったし、いろいろ持て余してたし。いや、話が脱線している。

「シド、相談に乗る気あんのかおまえ?」
「あ、あるよ!とにかく、マニーとお付き合いしたいわけだろ?でも、ディエゴってそっちの人じゃないんだろ?マニーだってそうじゃないだろうしさぁ。んー。むずかしいねぇ」

お付き合い。気に入らない表現だが有り体に言やそうなりたいのだろう。もっと知りたい、近づきたい、できるもんなら食ってみたい。そういうときの表情も見てみたい。

「正攻法が一番じゃないかなぁ。まずはデートでもすれば?趣味とかよく分かんないけど、行きたいとこ聞いてそこへ誘ったりさ。お互いを知って、なおかつ自分をアピールしないと!」

正攻法か。俺は搦め手を狙いがちだが、マニーには通用しなそうだ。たしかに正面から攻めるべきかもしれない。

「そうやって『仲間』じゃない段階を目指してくんだよ。オレも協力するから、がんばれディエゴっ」

不本意ながら、すっかり励まされてしまった。『仲間』じゃない段階か。ずいぶん贅沢な気もしたが。

+ + +

シドが早番だとこの家は朝めしから品数が多くなる。何やらごちゃごちゃと野菜の混ざったオムレツ、添えられたサラダ、皮がむかれたリンゴ。
マニーに合わせて無理やり起きてきた俺は食欲もわかず、その三品は遠慮した。コーヒーをすすり、パンとソーセージをつまむに留める。あとで仕事前にでも、あらためて腹ごしらえをするつもりだ。

「マニー。明後日、おまえ休みだよな。空いてるか?」
「明後日?とくに予定はないぞ」
「俺もその日、休みなんだ。どこか行かねえか?」

言った。意を決して、何でもないふうに、言った。誘った。
一気にのどがかわき、そそくさとカップに口をつける。
出されたものを完食したマニーは台所で二杯目のコーヒーを注いでいた。思えばシドの出した食い物を、こいつが残しているのは見たことがない。かなりの大食漢とか、食い意地が張っているとか、そういうふうでもなさそうだが。

「いいな、買い物に行こう。洗剤がなくなりそうだったし、かさばるものをまとめ買いするか」

食卓につく前、マニーは洗濯機をまわしていた。出勤前とは思えない余裕だ。昔よりまともになったとはいえ不規則な生活を送っている身としては、大したもんだと感嘆する。それはいい。いいんだが、そのせいで出てきた発想か?
出鼻をくじかれて二の句が継げない俺を見かねたのか、脇からシドが助け舟を出してくる。

「そういうんじゃなくてねマニー。ディエゴは荷物運びがしたいんじゃなくてさぁ。遊びに行くんだよ。もっと違うとこ、あるでしょ?」
「遊びに?なんだそうか、シドも行けるのか。それなら場所はおまえが決めればいい」
「そーうーじゃーなーいー!オイラは休みじゃないし、行かないの!マニーとディエゴで出かけるの!デートなの!」

かっかしてフォークを振りまわすシド。目の奥が熱くなった。親身になってくれるのは嬉しいが、本人相手にデートはやめろ――!

「私とディエゴで、遊びに?……どこへ?」

デート発言に面食らっているかと危ぶんだものの。マニーはそこを気に留めていなかった。俺一人がひやひやしている状況らしい。自己嫌悪に沈みかけるも、シドは横目でこっちに助けを求めてくる。頼りになるのかならないのか分からない奴だ。

「どこへと言われましてもぉ……。ねぇディエゴ?」
「……どこでもいい。マニーの行きたい場所で」
「行きたい場所?だってディエゴとだろ?」
「そうだ。ふたりで」

俺なりに直球で告げたが尚も、よく分からない、と言いたげな表情をされる。どう見たってこっちの提案に気乗りしていないのが、精神にくる。
それでもだ。これくらいで投げ出せるんなら、俺だって悩んで右往左往していない。そういうわずらわしい段階にはケリをつけ、腹を決めたのだ。
何のために?と発言されるのに先回りして、もっともらしく考えておいた説明を口にした。

「ほら、あれだ。当分ここで世話になるんだからな。親睦を深めるのもいいだろ?おまえにどっか目ぼしいところがあれば、一緒に行こうぜ?」

あくまで軽い口調を心がける。誘いを断るなら断るでも気にしない、ちょっとした思いつきだ。深いわけなどない。そんな調子を装う。
マニーはようやく得心したようだった。

「なるほど。そういうことも必要かもな。だがディエゴ、私の行きたいところに行くんでいいのか?」
「そうしてくれ。俺はあまり出歩かないからな、行き先が思いつかないんだ」
「私も活発に遊び歩くほうじゃないんだが……」

コーヒーを二度口に運んだのち、マニーははっと眉をあげる。

「行きたいところ、あったんだ。ちょうど一人じゃ行きづらいと思ってた」
「おぉっ!そうこなくっちゃ!」
「どこだ?」

シドが身を乗り出す。とりあえずこれで出かける段取りができたと、俺もすっかり油断した。行き先なんてどこだって構わなかった。

「美術館」

しかしその行き先はあまりにも予想外であり奇想天外であり、俺にしてみれば突拍子もない、異次元のようなものだった。

→→後