「マニー、ディエゴ!大発表があります!!オイラ、ついに、結婚しましたっ!」

わざわざ椅子から立ち上がって満面の笑みで掲げられたVサインを、マニーは真正面から凝視した。持ち上げかけた食後の一杯は、そっとテーブルへと戻す。

「……。入籍したって、ことだよな」
「よかったな。これで不毛な婚活も終わったか」

横でディエゴが意地悪げに笑う。
話すことがあるとシドが夕飯に誘ってきた時点から、そちら方面の要件である予想はしていた。ブルックも一緒だろうとばかり思っていたため、同席者がディエゴだけなのは意外だったが。
三人のみでシドの手料理を食べるなど、ずいぶん久しぶりのことだ。

「おめでとう……の前にな、シド?婚約しましたーじゃないか?普通。その報告をするんだとばかり思ってたぞ私は」

婚期を逃すまいと焦っていたのは判るが、物事には順番というものがあるだろうに。

「婚約?んんー、会ったその日にプロポーズされたからなぁ」
「会ったその日!?」
「あの子も大概変わりもんだからな」

目が悪いのか趣味が悪いのかそのどちらもか、どういうわけかシドのガールフレンドならぬ、今や奥さんになったというブルック女史はシドにぞっこんだ。

「しかも『された』って?逆プロポーズってことか?おまえもつくづく恰好つかないヤツだな」
「マニー。そういうのはよくないと思うのよオレ。『逆』っておかしいよ。性差別だよ」
「よく言う。第一な、結婚願望はなかったはずだろう?おまえ」
「へ?そっ、そんなの言ったことないよーオレ?」

口をとがらせてそっぽを向くシドを見て、マニーのほうはようやく笑えた。
一生同じ相手となんて――
――だったか。アレは強がりだったのか、あの時点では本心にも聞こえたが。少なくとも、今のシドは昔と違う心持ちでいるのだろう。
まったく妙だが、妙なシドらしいと言えばらしい顛末だ。
シドの家でふるまわれるインスタントコーヒーはお世辞にも美味くない。ディエゴを横目に、マニーは一度だけカップに口をつけてから言った。

「で、そっちはどうなってるんだ?」
「ん?」
「シーラとだよ。そろそろじゃないのか?シドに先を越されたんだぞ、おまえ」

あまり形にこだわらないディエゴのことだから、現在の事実婚状態で構わない考えでいるのかもしれない。しかし、シーラが彼と同じスタンスでいるかは判らない。
マニーに言わせれば、男がけじめをつけるのは大事だ。

「……ああ、俺か。……そうだな。ついでに、こっちも報告がある」

とはいえ、ディエゴがそう返してきたことには驚いた。

「おおっ?それって!?」
「ディエゴ。そうか、やっとおまえも」

シドの目が輝く。マニーも安堵の息を吐いた。

「ああ。そう、その、だな」

ひとつ不自然な咳払いを挟み、ディエゴは言った。

「子供ができた」
「そうか!おまえもやっと……!やっと……。子供?」
「うっわー!そっかー!おめでとうディエゴ!」

苦笑いするディエゴの手を、テーブル越しにシドが握る。ぶんぶんと振り回すように交わされた握手。
マニーは空っぽになりかけた頭を振った。

「お……おめでとうディエゴ。けどな?!その前にな!結婚しました、だろう普通!?」
「まあ、それはそれで考えてるよ」
「だよね。それはそれだよね!そうだ、ディエゴもオレたちと結婚式する!?オレね、今からいろいろ考えててさぁ……!」
「何だそれ」

鼻息荒くプランをまくしたてようとするシドの手を、ディエゴはすげなく払っている。
マニーは脱力して、今や既婚者と父親となったらしい両人を眺める他ない。

「なぁ…………。どうして、おまえらってこうなんだ?」

呆れ半分、喜び半分。
美味くないコーヒーをもうひとくち飲み、訊ねるというよりただ呟いた。
シドとディエゴは一瞬だけ沈黙し、顔を見合わせてから。

「みんながみんな、マニーの理想みたいにはならないってことだよー」
「そういうことだな」

仏頂面へ、そろって愉快そうに笑いかけてくれた。